ロヒンギャ問題からみるミャンマー

 2016年末から17年にかけて、ロヒンギャ難民問題が国際社会の注目を集めた。1年ほどの間に、73万人を超えるロヒンギャがミャンマーから国境を越えてバングラデシュへ逃れ、難民化したからである。
 ロヒンギャはミャンマー西部ラカイン州北部に住むイスラム教徒である。人口規模は80万人から100万人といわれる。しかしミャンマー政府は彼らの存在を正規に認めていない。イギリス植民地時代にベンガル地方から移住してきた事案が多かったことから、ミャンマーではベンガル人あるいはベンガル系ムスリムと呼ばれる。しかもミャンマーでは不法滞在者とみなされているために、移動の自由は認められず、就学や就業も厳しく制限されている。

ロヒンギャ問題
 16年10月、ラカイン州での武装集団の襲撃事件を契機に、ミャンマー軍は過激派掃討作戦と称し、ロヒンギャ攻撃を開始した。16年10月から17年半ばまでの間に7万5千人、掃討作戦が激化した8月末から12月末までに65万人以上が難民化した。この間、国境なき医師団などの調査では死者は1万人を超えている。
 一連の過程をめぐって国連高等弁務官事務所(UNHCR)は「民族浄化の教科書」であると、ミャンマー政府と軍の対応を批判した。これに対してミャンマー政府は、ラカイン州に潜むベンガル系テロリスト集団である「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)の掃討作戦である、と自己の対応を正当化してきた。このようにロヒンギャをめぐっては、国際社会とミャンマー政府がその見解が真っ向から対立している。
 ではなぜそのような対立構図となったのか。そこにはロヒンギャ問題をめぐる認識の本質的な相違が横たわっている。

人権vs安全保障
 UNHCRをはじめとする国際社会はロヒンギャ問題を人権問題として捉える。国際社会は、①ミャンマー国内で無国籍化され差別的な待遇を受けている点、②ミャンマー軍がロヒンギャに対する民族浄化を実行したという認識、③ロヒンギャ難民に対するミャンマー政府の保護がない点などを問題にしている。
 これに対してミャンマー政府は、ロヒンギャ問題をミャンマーにおける安全保障として位置づけている。それは、①ARSAの反政府活動、②ARSAがISILからの支援を受けているテロ集団という認識などを反映したものである。
 このように、国際社会における人権の観点からのロヒンギャ問題の捉え方と、安全保障案件としてロヒンギャを問題化するミャンマー政府の立場とは、根本的に問題の認識の仕方が異なる。そしてミャンマー市民は政府の立場を支持している。

言論の自由
 この背景には、2011年に開始された民政移管とそれに伴い急展開した言論の自由がある。12年8月20日をもって事前検閲制度が完全廃止され、活字メディアは極めて自由になった。
 言論の自由は、スマートフォンとソーシャルメディアの「解禁」という新しいメディア環境と同時並行的に発生した。なかでもFacebook(以下FB)は市民の目となり口となり、いまではFBといえばインターネットを意味する。文字通りFBは自由な言論が飛び交う空間となり、大都市部を中心に市民の大多数はFB上の言説は事実と信じている。
 FBを積極的に利用した主体は二つあった。一つは民主化の推進役を担った議会・政治家・軍人である。12年に入るとFBを通して政治家は市民に直接語りかけるようになった。これがミャンマーでの新しい政治のスタイルになった。これに伴い、いつしかミャンマーではメディアが発するニュース速報が姿を消すようになる。それは政治家をはじめとする公人が、FBで政府内や議会の動向をアップするようになったからである。この傾向は市民の新しい政治への関心を高めることになった。
 もう一つの主体は市民活動家である。目立つのは仏教僧侶のFB活用である。彼らは仏教離れが進む若い世代へのリクルートの手段として、そして仏教への脅威を強調する手段という二つの目的を持ってFBを利用している。後者はヘイトスピーチの高揚と密接に関連している。象徴的なのは、「仏教徒テロの顔」としてアメリカの週刊誌『タイム』2013年7月1日号の表紙を飾った僧侶ウィラトゥの言動である。かれはムスリムの脅威と排除を強調する。この言葉に誘発されて、12年以来数回にわたりラカイン州などで反イスラム暴力が発生した。現在でも彼の一挙手一投足はFBを媒介にして衆目を集めている。

ナショナリズム
 ミャンマーでは議会と仏教僧侶に対する市民の信頼が高い。FBを介してミャンマー市民の大半を占めるビルマ人および仏教徒は、ビルマと仏教を守るナショナリズムが強まっている。それは、反イスラム、反ロヒンギャという言説に基づくビルマ的仏教ナショナリズム、イスラムとロヒンギャを擁護しアウンサンスーチーを非難する国際的な言説に反発するナショナリズムとして展開している。
 市民の大半は改革主体の議会を支持し、軍への支持は必ずしも高くない。しかしことロヒンギャ問題になると、市民は国際社会ではなく軍の立場をとる。ここにミャンマーの複雑なナショナリズムが見え隠れする。
山本信人(慶應義塾大学法学部教授)

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