日本でテレビ放送が始まって来年で65年。人間で言えば高齢者の仲間入りだ。「それで若者のテレビ離れが進むのか」というのは冗談だが、テレビが“若者のメディア”であった時代はもう終わっている。だが、テレビ業界はそのことを認めたがらない。無理に若作りをしてみるが、肝心の若者にはそっぽを向かれ、中高年からは、「見たいテレビがない」と嘆かれる。それが視聴者の実感であろう。
そんな中で、「お客さんは中高年層」と認めて視聴者をつかんでいるテレビがある。BS放送である。民放の地上波でタレントが騒いでいる夜の時間帯に、静かな旅や歴史の番組が並ぶ。中高年なら懐かしい昭和歌謡番組も多い。男性視聴者向きの硬派のニュース番組もベルト編成されている。離島などの難視聴対策として、NHK単独でスタートしたBS放送だが、1987年に番組の独自編成が認められ、2000年からは民放キー局も加わった。独自編成から今年で30年とまだ若い。
まずはBSが生んだ“珍現象”から。東京多摩地区のある市で9月に、昭和歌謡を合唱曲に編曲して、クラシックの若い声楽家たちが歌うコンサートがあった。BS-TBSの番組「日本名曲アルバム」の主催。芸大や桐朋音大出身でオペラのソリストとして活躍中の人もいる混声合唱団が、美空ひばりや越路吹雪の歌を聴かせた。お客の過半数は中高年の男性で、休憩時間の男子用トイレに長蛇の列。これは珍しい。終演後は、スター的な女子のコーラス団員を囲んでの握手会がロビーで開かれた。
ウィークデーの昼間に外出するとすぐ分かることだが、展覧会でもグルメでも、出会うのは元気な中高年女性のグループばかりだ。まれに男がいてもたいてい一人である。握手会の光景に最初は、「いい歳をして」と思ったが、昭和の名曲を聴いて、美しい声の女性と握手。それでしばらく幸せならば文句を言うこともないと考え直した。
「定年後」(楠木新・中公新書)というベストセラーの中にこんな記述がある。「60代半ばの男性と話して、『会社の同期生でイキイキした生活を送っている人の割合は?』と尋ねると、『全体の1割5分くらいでは』との答えが返ってきた」。楠によると、定年後も元気な人の共通項は、若い人との接点があり、彼らのために役立つことをしている。楽器の演奏など学生時代に取り組んだことをまた楽しんでいること、とある。
長い年月を会社人間で過ごして迎えた定年。なかなかそうも行くまい。となると、家でテレビを見るのが手っ取り早いのだが、中高年男性は、民放地上波の番組編成ではでお得意さんとしては扱われてこなかった。
スポンサーと広告代理店がターゲットとしているのは、15歳から59歳までの男女。中でも女性である。提供された商品を買うのがその層だとされている。視聴率を計るビデオ・リサーチ社の分類では、最も価値が高いのはF1と言われる20~34歳の女性層。次がF2の34歳~49歳。「物を買わないのだから当然」とは身もふたもない言い方だが、それが現実である。
BSの番組編成はこれと対極である。F1、F2層が見ないとの理由で地上波から追放されたジャンルの番組が並んでいる。まずは時代劇。これまでは地上波再放送が中心だったが、ここ数年はBSジャパンの藤沢周平作品など、新作枠が登場している。秋からはBS-TBSで、国民的番組と言われた「水戸黄門」が復活した。プロ野球中継もBSを支えるコンテンツだ。昭和歌謡や昭和に活躍した人物のドキュメンタリーもある。
BSフジの「プライムニュース」は月~金ベルトのニュース番組。午後8時スタートという、地上波ニュースがない時間帯に、硬派な編成で視聴者をつかんでいる。政治家の出演も増えてきた。BS朝日は実験的な番組に意欲を見せる。隔週放送の「白の美術館」では、アーチストがカメラの前で1時間のパフォーマンスをする。「あらすじ名作劇場」という、古今東西の名作の舞台を現代に置き換えてダイジェスト版を俳優が演じる枠も試みて、「ハムレット」や漱石の「心」を取り上げた。BS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」は司会の山田五郎のセンスが光り、肩の凝らない教養番組としてNHKの「日曜美術館」をしのぐ内容の回も多い、などなど。
BSの独自編成番組は、ずっとNHKが先行してきたが、民放キー局の参入で、多様性が増してきた。夜の時間帯をザッピングすると、どこかに筆者のような世代が「見たい」と思う番組があり、有難い。地上波の視聴率競争は相変わらずだが、昔のような数字を取る番組は見当たらない。少ないパイを奪い合う結果、ますます似たような番組が増えるという悪循環もある。将来、テレビ離れした若い世代が、番組に触れて、「結構面白い」と言うことがあるかもしれない。
荻野正三(元毎日新聞記者)