ニュース国際発信の日々 ~KBS校閲委員の730日~ 

国力・プライドとニュース国際発信                            

 2012年10月19日、韓国が国連安保理・非常任理事国に選出された。16年ぶりのことである。ニュースの収録を終えて帰り支度を始めた私に、KBSワールドラジオ日本語班のチーフがどこか冷たい視線を向けていた。「韓国のこと、少し軽んじていませんか?」とでも言いたげな表情だった。韓国の非常任理事国選出のニュースをトップで伝えなかった私に納得できなかったらしい。「きょうのニュースオーダーのことで、ちょっといいですか・・・」と真顔で問いかけてきた。この日、日本語班のニュースは合わせて13本。トップ項目の候補がいくつもあった。日本向けに発信する、15分のニュースオーダーを組むのは何とも悩ましかった。その日のオーダーは日記に記されている。トップニュースは朝鮮半島情勢だった。南北経済交流の一つ、開城(ケソン)工業団地で操業する韓国企業20社に対して、北朝鮮が自ら推計した利益をもとに高額の税金を追加で課し、支払わなければ団地から製品の持ち出しを禁止するとのニュースだ。次いで、北朝鮮の核開発問題を話し合う6か国協議のアメリカ首席代表、デービース氏が韓国を訪れ、「北朝鮮の挑発は大きな逆効果を生む」と発言したニュース。韓国が安保理の非常任理事国に選出されたニュースは3番目となった。さらに、サムソン電子のタブレット端末がアップルのデザイン特許を侵害したかどうかをめぐるイギリスの裁判で、被告のサムソンが控訴審でも勝訴したニュースと続けた。

 チーフに聞けば、韓国が非常任理事国に選出されたのは、国際社会が韓国を認めた証であり、当然トップニュースと思ったという。「非常任理事国になれたのは、国際社会が韓国の力を評価したからですよね。韓国は国連での発言力や存在感を高めることができ、大きな意味があると思うんです」と主張するチーフ。「すでに前触れ原稿が2本出ていて、ニュースバリューは緊張する南北関係の方に…」と応じる私。また、日本が非常任理事国に10回選出されていることにも触れ、「国連外交の舞台で存在感を増し、いち早く情報収集ができるようになるかもしれない。でも、国際社会が評価するのは非常任理事国に選出されたことではないと思う。世界の平和と安全、とりわけ北朝鮮の核・ミサイル開発問題に韓国がどう貢献するかじゃないかなあ。問題はこれからだよ」と説く。着任からわずか2か月足らずで、その間柄は本音を言い合うほど親しくもない。お互い深く突っ込むこともなく、論争は30分ほどで終わった。

 「国際社会の評価」や「韓国の地位」に殊更こだわる韓国の国情は、メディアの世界によく表れる。2006年10月、国連事務総長を2期勤めた潘基文(パン・ギムン)氏が内定した際の報道ぶりが好例だ。中央日報は4日付け社説で、「日本、中国と同じ北東アジアで『無視できない国家』として待遇を受けることができるようになった」と評価した。また、「韓国の国際的地位は上がるに違いない。国民的なプライドもいっそう高くなる」と歓迎している。東亜日報の社説も「大韓民国の慶事」と表現し、「世界政府、国連を率いるのに適切だと認められたもの」と論じ、「韓国の国力を世界に知らしめることができ、成長する世代に自負心と自信を植えつけることができる」と称賛している。韓国語特有の表現とはいえ、国際社会における韓国の「評価や地位」への強いこだわりが見て取れよう。韓国は1996年、「先進国クラブ」とも称されるOECD(経済協力開発機構)に加盟した。2009年にはDAC(開発援助委員会)のメンバーとなり、援助を受ける国が援助する国側へと転じた。「漢江の奇跡」といわれる経済成長を基盤に、民主化や経済発展を遂げ、アジア危機を機に、輸出主導の経済政策や国家ブランド戦略を打ち出し、グローバル化を進めた結果である。朝鮮戦争前後の最貧国から先進国に至る道のりは、世界最速ともいわれている。その「プライド」こそが、韓国の非常任理事国選出のニュースオーダーに対する不満、そして、パン氏の国連事務総長内定に対する熱い期待に表れたものだ。その一方、財閥偏重がもたらす経済的・社会的格差や不安、若者の就職難、高齢化対策の遅れ、世界でも最悪な水準の自殺率など、その歪や矛盾は殊の外深刻である。このきびしい現実とも向き合う韓国だからこそ、国際社会における「評価や地位」を常に確かめ、気にかけるといってよい。 

 韓国の非常任理事国選出のニュースをトップに据えなかったことで、私は韓国を軽んじ、その「プライド」を傷つけてしまったのだろうか。KBSから帰宅するバスのなか、1年半前にロンドンで体験した、東日本大震災報道を思い起こしていた。「ニュース国際発信の在りよう」を見つめ直し、KBSに赴任するきっかけともなった、あの巨大津波の生中継映像が甦ってきた。「ありのままの姿をそのまま伝える」という、シンプルな「在りよう」からすれば、答えは容易に出た。非常任理事国選出のニュースは、「プライド」を傷つけてもやはりトップニュースではない。不透明さを増す国際社会は、既存の価値観や世界観が通用しなくなったように見える。世界、アジアの中の日本、韓国を理解するには、国際社会における評価と地位をしっかり伝える必要がある。KBSも含めた韓国メディアに溢れる「ランキングジャーナリズム」も溜飲を下げるのかもしれない。私が見つめ続ける「在りよう」から、もう一つ。もっぱら国力、プライドを誇示する都合のよい数字が独り歩きするニュースは、「ありのままの姿」ではない。これを避けるために自らをどう律するのか。見つめる日々が続いていく。
羽太 宣博(NHK元記者)

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