<シネマ・エッセー>ターシャ・テューダー 静かな水の物語 

アメリカ東部の北端に近いバーモント州といえば、映画「サウンド・オブ・ミュージック」で有名なトラップ・ファミリーが、大戦中にオーストリアからアメリカに逃れて住んだ所。今もロッジや一家のお墓が残っているそうです。

そのバーモントの山奥で、絵本作家として92歳の半生を暮らしたターシャ・テューダ(1915~2006年)のカントリー・ライフを10年間にわたって追い続けたのがこの映画です。18世紀風のコテージを長男に建ててもらい、創作と畑と庭園づくりで自給自足の生活を続けてきた彼女は、スローライフの典型とも言うべき見事な姿で、見る者に人生のさまざまな問いかけをしてくれます。

「忙しすぎて、心が迷子になっていない?」
「必要な物を自分の手で作るなんて、素敵じゃない?」
「ごめんなさいね。何でもゆっくりで。」
「人生なんてあっという間に終わってしまうわ。好きに生きるべきよ」

懐にひよこを入れ、暖めてやっているシーンを見て思い出したのが、父方の祖母のことでした。滋賀県の農村で7人の子供を育てあげながら、最晩年は一人住まいを選んで静かに自活し、亡くなったときは枕元でひよこが歩き回わっていたという話が残っています。90歳を超えたターシャの横顔と、記憶に残っている祖母のイメージとが重なって、胸にジーンと来るものがありました。

ターシャが描く絵は<良き時代のアメリカ人の心が表現されている>と言われ、クリスマスカードやポスターにもよく使われているそうです。映画の中でも「決して平和な世の中じゃないけれど、だからこそクリスマスを祝うことが大切だと思う」と話し、家族揃ってクリスマスツリーの飾りつけをするシーンがあります。映画館で買った文庫本『ターシャの言葉 思うとおりに歩めばいいのよ』の中にも、
「寝ている間に雪が降り出して、朝、目が覚めたら外は一面の銀世界! 思わず心がふるえます。」
「家の中は暖かく、クリスマスの喜びでいっぱい。これほど充ち足りた気持ちになれることが、ほかにあるかしら。」と、自然と年中行事の大切さが書かれています。
彼女の動物好きも映画の随所に描かれていますが、特に足の短いコーギー犬が好きだったらしく、本の中でも「コーギーみたいに魅力的な犬はほかにいないわ。まさに美の化身。うちのオーウィンの前では太陽神アポロンも光を失うでしょう。」と書いています。

90歳を超えてもガーデニングに打ち込み、自然への賛歌を語り続けるターシャの姿は、見る者に勇気と心地よい感動を与えてくれます。監督は松谷光絵。撮影はテレビ・ドキュメントでも良質の作品を作り続けているテレコムスタッフが10年をかけたといいます。スロー・ライフ、スロー・ドキュメントへ拍手・・・。
磯貝 喜兵衛(元毎日映画社社長)

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