ソウル便り-大統領弾劾決定の前夜、そして その日-

2017_04-002  2017年3月11日夜、韓国・ソウル中心街にある光化門前の広場が埋め尽くされた。前日の昼、憲法裁判所が朴槿恵大統領の罷免判決をくだし、韓国史上初めて現職の大統領の弾劾が決まった。それを受けて、11日夜は光化門前広場でこの弾劾決定を祝う集会がおこなわれた。光化門広場にはステージが設置されており、集会に集まった市民はシュプレヒコールをあげるだけではなく、音楽があり、そして定番となった朴槿恵退陣要求の歌「これが国か」を合唱した。
 「これが国か」。「下野、下野、下野」ではじまるこの歌は、ユン・ミンソクが作詞・作曲した。朴槿恵退陣要求ソングとして知られているが、歌詞を見ると批判の矛先は他にもある。朴大統領の政商だった(崔)順実、前大統領の李明博、そしてセヌリ党に朝鮮日報も共犯者となっている。「犯罪者の天国 庶民は地獄」という歌詞に明記されているように、政治家、政党、政商化した財閥、主要メディアまでもが韓国庶民を食い物にし、私腹を肥やしているというのである。
 憲法裁判所の判決前夜の3月9日、私はメディアコムの同僚3人と光化門前広場へ向かった。午後6時ころには三々五々市民が集結しはじめていた。ステージ、音響設備は準備万端。韓国内外のメディアもすでに待機。デモ参加者用のWiFiサービス車列を挟んで、警戒にあたる警察・機動隊の車列は広場周囲の道路を覆っていた。不思議なことに緊張感はなく、反朴大統領デモでお馴染みになったLEDキャンドル売りやデモ用のビラ配りが盛んにおこなわれていた。
 午後8時過ぎには、広場から憲法裁判所前へ向かって行進をし、憲法裁判所前で集会となった。行進時には数百名ほどであった人並みは、憲法裁判所前では数千と膨らんでいった。子ども連れの親子、車椅子の男性、老若男女。零下にならんかという寒空の下、「これが国か」の大合唱が続いた。集会場になった憲法裁判所前の幹線道路は封鎖され、遠巻きに警察官が集会の模様を眺めていた。
一晩明けた3月10日は朝から緊張感が漂っていた。憲法裁判所の判決は11時からだったので、早朝から韓国のメディアは判決予想に躍起であった。なかには判決までのカウントダウンを表示するテレビもあった。判決が言い渡される11時前には、数千人の市民が光化門前広場に集まっていた。11時すぎから判決文の読みあげが開始され、11時30分前、朴大統領の罷免が言い渡された。私たちは判決文が読みあげられている最中、タクシーのラジオ中継に耳を傾けた 。最後の判決を聞くことなく延世大学に到着。そこで歩いていた女子学生に判決の結果を聞くと、ニコッとして「弾劾です」との返答あり。その日の午後には延世大学で学術交流をやったのだが、 教員も大学院生も一様にお祭りムードであった。
 じつは今回のソウル滞在中、日本のメディアでは目にすることのなかった風景にであった。それは光化門前広場の真横で起こっていた。そこには韓国の官庁街がある。その目の前で、テントを張って反政策の小さな声を持続的に上げている労働組合があった。非正規雇用者への保障、労働条件の改善などの要求を掲げる労働者。その数は20名にも満たない。それでも真冬の寒さにもお構いなしに、テントを張って集会を開催していた。
 ところが、かれらのテントには目もくれず、市民は足早にデモ会場へ向かい、あるいは帰宅の途を急いでいた。それと似た光景はほんの数時間前にも目にしていた。ソウル市庁舎前広場には、その一角を占領し、親朴政権・親米を掲げる保守派のテントがある。ここでも、あたかもそこには何も存在しないかのように、テントの合間を縫って市民は歩みを早めていた。
韓国社会には国民の不満と不安が渦巻いているように思える。好調とはいえない経済、10数年来の新自由主義的政策による経済格差の拡大。エリートはグローバル・スタンダードに合わせることを求められ、グローバルな競争をしながら高収入を得る。大卒者の就職率が5割。超エリート大学の延世大学でも卒業を延長し、社会人として即戦力となるべくスキルを磨くことに時間をかける学生が増加傾向にあるという。官僚や財閥系企業への就職が人気という。一方で、2004年から政策的に導入された短期移民労働者が単純労働の担い手となりつつあるなか、非正規雇用に甘んじる国民も増えている。社会保障も充実しているとはいえない状況下で、社会の閉塞感が強くなっている。
 そんななか、「これが国か」を歌わない労働者は、寒空の下で政策転換を国に求め、座り込みを続けている。

山本信人(慶応義塾大学メディアコミュニケーション研究所所長)

※写真は上から
憲法裁判所前の反朴槿恵集会(2017年3月9日)
テレビ中継@2017年3月10日
労働者の抗議(占領運動)(2017年3月9日)
親朴槿恵・親米集団@市庁舎広場(2017年3月9日)

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