受動喫煙論議-全面禁煙に勝る対策なし-

 「百害あって一利なし」と分かっていながらどうしてすっきりと解決できないのだろうか。今回はたばこの話である。
2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、厚生労働省が他人の吸うたばこの煙を吸い込む受動喫煙を防ぐための法案(健康増進法の改正案)をまとめた。焦点の飲食店は原則店内を禁煙にしたが、喫煙専用室の設置を許可、さらにバーやスナックなどの小さな飲食店は例外的に喫煙を認めた。
違反者には罰則を設けたものの、昨年10月の厚労省のたたき台から後退し、全面禁煙が主流の海外と比較してかなり緩い。世界最低レベルの日本の受動喫煙対策は変わらない。医療関係者から「もっと規制を強めるべきだ」「厚労省は生ぬるい」と全面禁煙を求める声が出ている。その一方で飲食店業界の団体や自民党のたばこ議員連盟からは「店の売り上げが落ちる」「喫煙をたのしむことも国民の権利」と反発の声が上がった。
 たばこをめぐっては、大蔵省(現・財務省)と厚生省(現・厚労省)が対立してきた経緯がある。大蔵省はたばこの売り上げを伸ばして税金を取りたい。しかし厚生省は公衆衛生の観点から喫煙を減らして国民の健康を守りたい。同じ政府でも置かれた立場、立場でその主張が違っていくるから妙な話である。
 同じ受動喫煙対策について書かれた新聞の社説を読み比べても、その論調には違いがある。  たとえば2月20日付の朝日新聞の社説は「命を守る視点を第1に」との見出しを立て「規制のあり方は明快・単純であることが望ましい」「公共の屋内スペースは全面禁煙とすべきだ」と訴える。
朝日の社説は「日本も加盟するたばこ規制枠組み条約の指針は、屋内全面禁煙を唯一の解決策としている」「たばこの煙に含まれる物質の害は、遺伝子レベルで明らかになってきている」「受動喫煙によって国内では毎年約1万5千人もの非喫煙者が亡くなると、厚労省の研究班は推計。交通事故による死者数約6千人を大きく上回る」と強調する。
 そのうえで「全面禁煙ではなく、分煙の徹底と喫煙室の設置で対処すればいいとの意見も根強い」「その場合、たばこを吸わない従業員や相客の健康をどうやって守るのか。煙が漏れず、換気機能の高い喫煙室を設けることができるのか。費用もかかるし、その性能をどうやって保証し維持するのか」と分煙に反対する。さらに「バーなどを全面禁煙の例外とすることがアリの一穴になりやしないか。例外なしの方が公平感も得られよう」とも言及する。
 たばこの煙には発がん物質が含まれ、受動喫煙で肺がんや脳卒中、心筋梗塞などの病気になる危険性が科学的に証明されている。昔と比べて喫煙率もかなり低い。朝日の社説が主張するように飲食店や公共のスペースは、一律に全面禁煙にするのが当然だと思う。
 産経新聞の社説(3月6日付)も冒頭で受動喫煙で年間1万5千人が亡くなっている推計を取り上げ、「受動喫煙の対策を急ぐのは当然のことである」と強調する。  しかし産経の社説は「多くの人が利用する場所での制限を『厳格な分煙』に向けた一歩につなげたい」と全面禁煙ではなく、分煙を主張する。
 しかも朝日が厚労省の対策のひとつを「アリの一穴」と批判している点に対し、産経は「厚労省はバーやスナックなどのうち、小規模店舗は対象外とした。妥当な線引きではないか」と評価する。さらに「法改正の趣旨はあくまでも『分煙の厳格化』であり、『禁煙の推進』そのものではない」とまで言い切る。
 どうやって分煙を厳格化しろというのか。もはやたばこの煙の害は、はた迷惑とかマナー違反だという次元の問題ではなく、国民の命がかかっている問題だ。そもそも1つ屋根の下の店内で完璧な分煙などいまの技術では不可能だ。喫煙専用室のある飲食店や新幹線で煙の微小粒子状物質(PM2・5)が、人の出入りによって漏れ出しているとのデータもある。  最後に産経の社説は「喫煙者も非喫煙者も命を救うことへの認識を共有すべきだ」と主張するが、その真意がよく分からない。たばこを吸わない人が他人のたばこの煙で健康を害するという受動喫煙の理不尽さを理解していないのではないか。
 余談だが、私自身は10代後半でたばこを吸い始め、30年間ほど吸い続けた。新聞記者という仕事柄、原稿を書きながら紫煙をくゆらせていた。当時はまだ喫煙専用室などなかったし、受動喫煙という言葉さえなかった。
 止めたのは10数年ほど前である。親しい医師に強く注意されたのが、禁煙のきっけだった。挫折しながらもニコンガムを噛み、ニコチン中毒と闘ってたばこを断ち切った。いま、たばこを吸い続けていたあのころを思い出すと恐ろしくなる。
木村 良一(ジャーナリスト)

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