最高裁判決をきっかけに認知症対策を真剣に考えよう

 認知症の高齢者が徘徊中に列車にはねられ、JR東海が振り替え輸送の費用を家族に求めた訴訟で、最高裁が3月1日、1、2審の判決を覆して画期的な判決を下した。「家族には損害賠償責任がない」という初判断。認知症の高齢者を介護する家族にとって朗報である。
 ただし最高裁は「家族が監督義務者に当たるかは総合的に考慮すべきだ」とも判断している。つまり介護する家族に監督義務がなくなったわけではなく、今後もケースごとに個別の事情を考えて決めていかなければならない。
 高齢社会が進めば進むほど認知症の高齢者が引き起こすトラブルは増えていく。認知症とどう付き合っていけばいいのか。最高裁判決をきっかけに考えてみよう。
 事故は2007年12月に愛知県内の駅で起きた。91歳の男性が、妻がうたた寝をしている間に徘徊し、線路内に入ってはねられ死亡した。
 名古屋地裁は同居の妻の過失と横浜市に住む長男の監督義務を認め、計720万円の賠償を命じた。2審の名古屋高裁は妻だけに半分の賠償を求めた。その後、JR東海と家族の双方が上告した。
 妻は当時85歳と高齢で介護認定も受けていた。老老介護の状態だった。長男は月に数回訪ねる程度で20年以上、同居していなかった。
 最高裁は「配偶者や長男だからといって無条件に監督義務があるとする法的根拠はない」としたうえで、家族の心身の状況など6要素を総合的に考慮して監督義務者かそうでないかを決めるべきだと判断した。
 だれもが当事者になる可能性があるだけに各新聞とも最高裁判決のニュースを大きく扱うとともに社説でも取り上げた。その社説は「実態に即したもので妥当といえる」(朝日)、「高齢化社会を見据えた現実的な判断と評価したい」(毎日)、「認知症高齢者を介護する家族らの不安を和らげよう」(読売)といずれも高く評価している。
 しかし前述したように家族に監督義務がなくなったわけではない。現在65歳以上の高齢者の7人に1人が認知症といわれ、団塊の世代が75歳以上となる10年後には5人に1人に当たる700万人に増えると推定されている。認知症の高齢者と同居する家族には、損害賠償を負う危険性が常にある。認知症の肉親が電車にはねられて死亡し、賠償を求められる。火の不始末から火事を起こしたり、他人を事故に巻き込んだりすることもあるだろう。悲劇を繰り返さないように認知症対策が求められるのは言うまでもない。
 認知症対策にはまず、トラブルや事故に備えた民間の個人賠償責任保険がある。しかし適用範囲が限られるなどの問題点があり、これからどう整備して拡充するのか検討していく必要がある。
 厚生労働省は認知症の高齢者やその家族が安心して暮らせる地域づくりを進める国家戦略「新オレンジプラン」(昨年1月策定)を挙げる。具体的には行政機関、警察、消防、介護施設、タクシーなどが連絡網のネットワークを整えて徘徊に対応したり、認知症患者をケアするサポーターの養成に力を入れたりしていくプランだ。地域ぐるみで支える体制をしっかり構築していくことが急務である。
 一番重要なのは、認知症にならないよう各自が健康に気を付けることだと思う。言うまでもないが、脳の老化で記憶力や判断力が衰えていく病が認知症だ。原因となる病気は何種類もあるが、6割以上を占めるのが加齢とともに脳に異常タンパク質が蓄積して発症するアルツハイマー病だ。
 最高裁判決の高齢者もアルツハイマー型の認知症だった。このアルツハイマー病、治療薬はなく、進行を遅らせる薬しかない。それゆえ早めに治療を始め、進行を少しでも抑えることが重要になる。もちろん治療薬の研究開発はさらに進めたい。
 認知症の予防で私が注目しているのが、血糖値の高い状態が続く糖尿病との関係だ。最近の研究で「糖尿病の患者は認知症になるリスクが2倍高い」とか、「高血糖が続くと脳に異常タンパク質がたまりやすくなるとともに別のタンパク質にも変異が起きて神経細胞が壊れる」といったことが分かってきている。
 一般社団法人・認知症予防協会も「食事のときは米や麺類などの炭水化物から食べると、血糖値が上昇する。だから野菜から食べてください」と注意を促し、「異常タンパク質の蓄積が始まる45歳を過ぎたら運動で認知症を予防しよう」と呼びかけている。なぜ運動かというと、脳神経細胞の成長を促すタンパク質の分泌が運動によって増えるからだという。
 糖尿病は動脈硬化や腎臓病、うつ病など万病のもとでもある。これを予防することによって多くの疾病が予防できる。一石二鳥どころか、一石多鳥にもなる。
(ジャーナリスト 木村良一)

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