自著を語る「21世紀の格差」③ 同一労働同一賃金を徹底して非正規への差別をなくせ

アベノミクスの行き詰まりと「同一職(労働)同一賃金」
安倍首相は、施政演説の中に「同一労働同一賃金」という項目を取り上げ、成長と分配の好循環を目指すとした。「同一労働同一賃金」とは、アベノミクスを批判する野党が唱えていたものではなかったのか。
なぜ首相は立場を変えたのか。アベノミクスは、金融緩和、円安によって株価上昇を支え、輸出増、設備投資増、賃金の上昇というトリクルダウン(浸透)を唱えてきた。もともとアベノミクスにいう、企業の儲けがしたたり落ちるように賃上げに至る、という「トリクルダウン」は幻想でしかないことは、『21世紀の格差』の中でも指摘したことだ。そのことに首相周辺もやっと気が付いてきたのだ。あまつさえ、年初来の株価下落でアベノミクスの一枚看板すら剥げ落ち始めた。
経済が、景気がよくなければ選挙戦が戦えない。動機が不純だとしても、アベノミクスが「同一労働同一賃金」を唱え始めたことは、「わが意を得たり」である。なぜなら、それが『21世紀の格差』の中で提唱した最大のポイントであるからだ。
だが「同一労働同一賃金」を口にし、野党の戦うポイントを奪えばそれで十分だ、それだけで選挙に勝てる、というレベルで決して終わってはならない。なぜなら、それは少子化への最大の対策であり、70,80まで働き高齢化社会を乗り越えていくための最大の手段であるからだ。オランダを初めEU諸国では当たり前のことになっているからだ。
日本では職務内容があいまいなために「同一労働」の線引きがむずかしく、困難だ。非正規労働が40%にもなろうという時に手が付けられない、等々、できないという理由がならぶ。そうした中、同一賃金をどう進めるのか。
一言でその政策をいえば、前回も指摘したごとく「春闘」のリストラだ。その「春闘」を分解したものの一つが、「働き方革命」だ。
著者の唱える「働き方革命」とは、「春闘」の下での「1.0稼ぎモデル」を「1.5稼ぎモデル」に変えることだ。男女がともにフルに働くという「2.0稼ぎモデル」の先進国、アメリカでも1950年代まで遡れば「1.0稼ぎモデル」は75%と、日本よりも高かった。
現代アメリカの「2.0稼ぎモデル」はあまりにも余裕がない、つまりリスクへの糊代が全くない状況だ。日本では医療が皆保険となっていて、その面ではアメリカの情況よりはよいが、女性の受入れが十分ではないという意味でアメリカに劣る。日本の「2.0稼ぎ」は制度がついていっていないので、モデルにはなっていない。スウェーデンでの「2.0稼ぎモデル」は、あまりにも「社会的」な側面が強い。
こうした中、どうすればよいのか。著者が唱えるのは、汎欧州型といってもよいかも知れないが、オランダ型「1.5稼ぎモデル」だ。
「春闘」を分解した今一つが年功賃金体系の解体だ。これは、別の形の「働き方革命」でもある。この点は後述する。

正規・非正規の壁をなくす手段としての「地方創生」策
今から何ができるのか。ヨーロッパでは指令となっている同一職(労働)同一賃金を日本でも徹底し、事実上非正規の差別を日本でもなくすこと出発点にすることである。つまり、同一労働同一賃金の法を時間差でもって実施していくのだ。
ここに地方創生の出番がある。地方政府には、たとえば保育士という同じ職を正規・非正規で遂行していることが少なくない。ここから手をつけるのだ。
では、そのための原資をどこからもってくるのか。正規職員の報酬の3割カットと年功序列賃金体系を職(ジョブ)体系にすることから出てくるものを充てることができよう。自治体の職は、本来明確にできるものでもある。また、自治体の職員給与は、人事院勧告や地方議会からお墨付きを得ている。これを変えることはできないということなかれ、周囲よりも3~4割高い報酬は、周りから見れば、エクイティ法によって救済されるべき格差、差別なのだ。
これは、賃金の官民格差是正という側面と、地方政府のリストラという側面があることになる。そして母子家庭の母親が、たとえば社会福祉士として働けば、生活保護を受ける必要がないようなレベルに設定されれば、地方政府の事業リストラにもつながる。つまり、自治体のリストラこそが、海士町を初めとする「地方創生」の第一歩だったという教訓を踏まえたものなのである。
自治体が自身のリストラとして年功序列賃金体系を職(ジョブ)体系を変えていくことが契機となり、民間もフォローするのだ。
今のような働き方をしていれば年功序列賃金を維持している企業も、団塊ジュニアが役職年齢を迎える2020年問題を乗り越えられない。競争力を維持し、グローバルに事業を展開していくには、ジョブをきちんと定義して展開していかなければ、現状すらキープできないのだ。
日立製作所では、まずはイギリスで展開する鉄道事業で自分たちのノウハウをデジタル化し、海外への知識移転の円滑化を図っている。トヨタ自動車の副社長をつとめた佐々木眞一・技監は、『トヨタの自工程完結』を著し、目的をきちんと押さえればやるべきジョブが明確になり、生産性をあげることができると、ホワイトカラーの生産性が低いままになっている状況を打破しなければ国際競争の乗り遅れるとハッパをかけ始めた。ジョブ型は日本でも可能なばかりか、必要を迫れているのだ。
民間でも「同一職(労働)同一賃金」を導入することで、働き方が変わり、生産性があがるのだ。安倍内閣の石破「地方創生」担当大臣は、「地方創生が果たせなくば国がつぶれる」と著者のいう働き方革命の賭場口に立った。大臣には、同一労働同一賃金法を導入し、地方自治体のリストラを進めることが、ドミノのように日本全体の働き方を変えていく導火線になる決意をもってもらいたい。それがアベノミクスが口先だけの、つまり選挙対策ではない、本物の「同一労働同一賃金」政策なのだ。
働き方が変わることで、高齢者も、女性も、労働市場への参入が容易になり、人生2毛作時代への足掛かりができる。若者の虐待が解消されれば、少子化にも歯止めがかかるだろう。
そして文字通り「1億総活躍社会」が実現できれば、デフレ脱却の目途がたってくる。著者は、『21世紀の格差』の中で、現在は従業員の待遇をよくすることが景気対策だとGMのスローン会長が言い、それを実行した1930年代と似ていると指摘している。「1億総活躍社会」で全員が位置についているという安心を持てることで、初めて消費が盛り上がりを見せるからだ。
髙橋琢磨(評論家)

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