“お告げ”の終わり~アベノミクスの今後~

 世界の金融界をシャーマン(呪術師、巫女)が跋扈している。シャーマンとは、アメリカの中央銀行Fed(連邦準備制度理事会)の女性議長イエレン氏だったり、ECB(欧州中央銀行)前総裁のトリシェ氏 そして、最も”狂信的”と見られている日銀総裁の黒田東彦氏だったりする。今や、シャーマンの”お告げ”が世界中を覆い尽くしている。
 金融界、特に中央銀行のトップといえば、これ迄は寡黙が必須の条件だった。公定歩合の上げ下げについて、公表迄は気配さえ与えてはいけない。もし、質問があっても嘘をついて良いとされた。ところが、特に、2008年 世界経済に衝撃を与えた金融恐慌 リーマンショック以降 “おしゃべりバンカー”が突如あふれ出した。
 この異変を研究したのがアメリカの何と人類学者だった。彼は「言葉による経済」という本を2013年に出版したが、その後、経済紙 フィナンシャルタイムズの記者が中央銀行の総裁を”マネタリーシャーマン”と名付けた。(加藤出著 朝日新書 「日銀 出口なし」)
 Fedのイエレン議長は、今年初めの就任にあたって、まず第一に市場との会話能力が有るかを試された。”おしゃべり”がうまいかどうかと言うことだ。中央銀行とは公定歩合をはじめ高等な金融技術を駆使して市場を動かして行くものと思っていたら、今や”言葉”で市場を操作しているというのがアメリカ人人類学者の驚きだったのだ。
 この背景には、特にリーマンショック以降、主要国の中央銀行が金利政策から離れることを意味する所謂ゼロ金利政策に走ったものの、それでも金融危機が収まらなかった事が有る。これ迄の伝統的な政策から””言葉”おしゃべり”という未知の手段を使い始めたのだ。
 ”おしゃべりバンカー”の中で最もアグレッシブと見られているのが日銀総裁の黒田氏である。そのシャーマンの”お告げ”は、2013年4月14日に”発せられた”。安倍政権の発足からほぼ4ヶ月がすぎていた。日銀が国債など証券を一年につき60兆円ー70兆円買い上げる形で市場に巨額の資金を供給し、結果として、金利引き下げによる企業の設備投資と円安による輸出拡大を促し、日本経済をデフレからインフレに誘導するという。2年後、2015年には物価を2%に上昇させるという異次元緩和の”お告げ”だった。”お告げ”は当初、霊験あらたかだった。一挙に円安と株高が進み明るい雰囲気が広がった。景気は気からとばかりに、マスメディアも安倍政権と一体となって、今後の景気回復を囃し立てた。
 当初、デパートでは高額の宝石などが売れ出し、高級外車も飛ぶ様に売れ、更に、高額のマンションほどよく売れるというミニバブルが特に、都会で現出した。バブル現象の中で工事現場などでは人手不足が発生、賃金が上がり景気回復は本物と政権は自信をみせた。そして、安倍政権は今年度からの消費増税を昨年秋に決定した。増税を乗り越え日本経済は発展して行くという想定だった。
 だが、先月(8月)13日に公表された増税当初の四半期(4月~6月)の経済成長率つまりGDP(前期比)-6.8%は想定外の低さだった。エコノミストからは「増税分以上には賃金が上がっておらず成長のエンジンである消費は-5.0%と予想を超えて大きく落ち込んだ」、「人手不足による賃金上昇は、結果として住宅建設を抑制し投資金額で見ると-10%という景気回復とはとても言えない状況だ」とか「円安はほとんど輸出拡大につながっていないだけでなく、むしろ、天然ガスや石油の輸入代金の急上昇をもたらし、電気料金やガソリン代の値上げとなって消費を抑え景気回復の妨げとなっている」などの”お告げ”も散々の声が聞かれた。
 どうやら”お告げ”はあったものの、はっと目が覚めると期待したほどのことは無かったという現実が見えてきたと言うことかもしれない。実は、これは、他のシャーマン達についても指摘されはじめている。FRBのイエレン議長は日銀とは逆にこれ迄の緩和路線を変更、縮小へと向かっている。”お告げ”の効果を見直している様だ。
 こうした中、日本では先月(8月)29日に7月の家計調査と鉱工業生産指数 が公表された。それによると 7月に2人以上の世帯が使ったお金は、前年同月より5.9%へった。これは、前月の-3.0%のほぼ倍と言う下げ幅で、消費は増税後戻るという政権の強気の見方を裏切った形だ。また、生産指数によると自動車、家電の出荷の回復は弱く在庫が積み上がっている。
 こうした結果について政権は「この所の悪天候のせいで消費や生産が鈍っている。悲観することはない」(麻生財務大臣他)としている。
 だが、増税直後はともかく、7月に入っても景気回復のしっかりした道筋が見えてこない。シャーマンの”お告げ”にすがる時は終わり、地に足がついた経済政策を、遅かりしとは言え、しっかりと進める時ではないか。
陸井 叡 (叡Office代表 元NHK記者)

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