イ・ジェミョン大統領と明日の日韓関係

1)始動するイ・ジェミョン大統領

 韓国で、イ・ジェミョン大統領が誕生した。ほぼ予想通りの結果となった。6月3日の大統領選挙は、去年12月に突然「非常戒厳」を宣言したユン・ソンニョル前大統領が弾劾訴追で失職したことに伴うものであった。韓国の民主主義の在り方や国民の間で深まった分断にどう対応するのかが選挙の争点となった。イ大統領は当選翌日の就任宣言で、「みんなの大統領になる」と明言している。革新系「共に民主党」の出身として、ユン前大統領から離れた中道層への支持拡大を目指していたことが伺えよう。

 イ大統領は貧困層の出身として知られる。中学も高校も通うことができず、認定試験に合格して進学している。最終的に法科大学を卒業するとともに司法試験に合格し、人権派弁護士として、また社会運動家として活動を続けた。2010年には城南市長に当選し、さらに京畿道知事も歴任する。前回2022年の大統領選挙では落選して国会議員となり、共に民主党の代表としてユン前大統領と激しく対立した。貧困に苦しみながらも勉学に励み、弁護士から大統領に上り詰めるという、異色の経歴を持つ。

 国会議員は3年ほどと短く、外交は未経験だ。そのイ大統領が6月15日からカナダで開催されたG7サミット=主要7か国首脳会議に招待国として出席し、初めての多国間外交の舞台に立った。就任から11日目のことだった。

 イ大統領は、名実ともに先進国となった韓国のリーダーとして華々しく始動した。分断の進む国際社会にあって、韓国はこれからどんな役割を果たすのだろうか。また、周知の通り、イ大統領の対日姿勢はこの半年ほどの間に大きく変わってきている。日韓関係が今後どう展開するのかも大いに気に掛かる。

2)イ大統領の実用外交

 イ大統領の政治信条は、その出自や経歴などから「実用主義」を標ぼうする。外交でいえば、「実用外交」となる。ためにならないことは決してせずに、「国家利益を追求する」ことに徹するということだ。

 イ大統領は、議会で圧倒的多数を占める野党の代表として、与党の外交政策を厳しく批判してきた。日韓関係についてみれば、「日本は敵性国家」と表現し、「自衛隊の軍靴が再び韓半島を汚す恐れがある」と強い懸念を示してきた。また、福島原発での処理水を「汚染水」と呼び、その放水は「太平洋沿岸国に対する戦争宣言」などと発言し、論議を呼んだこともある。

 しかし、大統領選挙の選挙戦が始まった去年12月以降、イ大統領は従来の厳しい対日姿勢を変化させている。まず、去年12月末、大統領選挙候補を控えたイ代表は「個人的に日本に対する愛情は非常に深い」と述べ、日韓の関係者やメディアを驚かせた。また、「韓米、韓米日の関係は重要」としたうえで、「日本は重要な協力パートナー」とも述べ、これまで見せることのなかった対日観を披露した。

 イ大統領の外交政策の変化の背景には、何があるのだろうか。まず、これまでの日米韓の協力関係を踏まえて、関係各国に懸念を抱かせないとの意図が汲み取れる。また、北東アジア情勢が揺れるなかで、日米韓、日韓の協力を重視する立場を示すのが得策と判断したことも挙げられよう。さらに、今年が日韓国交正常化60年の節目で、新しい日韓協力関係を築くとの姿勢を示す意向も見て取れる。

 総じて、イ大統領の対日外交姿勢の変化は、野党の代表という立場から転じて、国民の統合を図る大統領を目指す意識変革によるものと見てよい。また、韓国経済の停滞、様々な格差拡大という内憂、そして日米を基軸に据えながらも、中国と北朝鮮とどう向き合うのかという、外患に直面する韓国にとっては、対日外交を前に進める必要性があり、「実用主義」に舵を切ったということであろう。

 

3) 分断する世界と法の支配

 ロシアによるウクライナ侵攻は3年以上も続いている。一方、中東では、イスラエルによるガザ攻撃が続き、6月13日には新たな戦火が広がった。イスラエルがイランの核施設などを攻撃したのである。これにイランが応戦し、連日戦闘が繰り広げられた。さらに、アメリカが地下貫通型爆弾・バンカーバスターを使ってイランの核施設を攻撃する事態となり、世界に震撼が走った。戦闘開始から12日目、イスラエルとイランの間で停戦が合意されたものの、停戦が守られるのか、先行きは不透明というほかない。

 ウクライナであれ、中東であれ、対立する双方が相互に「国際法違反」と非難している点が「分断する世界の今」を象徴しているように見える。自由、平等、民主主義、法の支配といった価値観を共有するグループ、ロシアと中国を基軸とするグループ、それにグローバルサウスと呼ばれる新興国のグループがそれぞれの価値観を持ち、時に対立し、分断を深めている。とりわけ、ウクライナや中東をめぐっては、世界共通のルールである国際法を一方的に援用し、自ら国際法に違反していながらも相手国の行動を国際法違反と追及する構図も見られ、矛盾を通り越して滑稽というほかない。

 第二次世界大戦が終了し、国際連合が発足して今年で80年迎えた。加盟各国の主権平等を定め、武力の行使や威嚇などを禁止する国連憲章は、国際連合の礎であり、世界平和の羅針盤ともなってきた。その草案は、現在の世界の分断の基軸とも言えるアメリカ、中国、それにロシアの前身、ソ連などが協力して作成したものである。国際法は強制力や罰則がなく、脆弱である。とはいえ、近代の国際社会以降、国際法は世界共通のルールとして機能し続けている。他国の領土を武力で侵害し、無差別の攻撃が続く現実を目の当たりにするにつけ、国際社会は80年前に発効した国際連合憲章が生まれた原点に立ち返るべきだろう。

4) どうなる明日の日韓関係

 対立と分断の深まる厳しい世界にあって、日韓関係はどう展開するだろうか。その行方を暗示する動きが相次いでいる。

 まず、イ大統領が就任して5日後、石破首相とイ大統領との初の電話会談が行われた。両首脳は日韓関係を前に進める強い意欲を示している。そのうえで、「韓米日協力の枠組みの中で、様々な地政学的危機への対応に向けて共通の努力を続けること」で一致したという。続けて、両首脳は18日、カナダでのG7サミットに合わせて、初めて対面による会談を行った。石破首相は「日韓の連携・協力が地域、世界のために大きな力となることを期待している」と述べている。一方、イ大統領は、日韓は「まるで庭を一緒に使う隣人のように、切っても切り離せない関係」と説き、「小さな違い、意見の違いを超え、役に立つ関係へと発展していくことを期待している」と強調した。さらに、日韓国交正常化60年に合わせて、ソウルでは日本大使館主催の行事が開催され、イ大統領はビデオメッセージの中で「激変する世界情勢の中で、韓日はともに対応策を模索すべき重要なパートナー」と語っている。

 日韓関係の根底にある歴史問題のうち、徴用工問題に対する発言も注目される。イ大統領は、ユン前政権によって打ち出された「第三者弁済」方式について、「政策の一貫性が重要」と述べ、前政権の政策を受け継ぐ姿勢を鮮明にしている。

 こうした一連の前向きな発言をみると、イ大統領の対日姿勢の変化は決して思いつきとは考えにくい。混迷する世界情勢と向き合ううえで、日韓関係を前進させることで双方の利益につなげたいという強い意欲が込められているように見える。

 6月中旬、韓国の友人から久しぶりのメールを受信した。イ・ジェミョン大統領の対日姿勢について、韓国の一般市民は「安堵していると言えるのではないか」と記している。また、イ大統領は6月4日の就任演説の中で、「外交には色はない。革新か保守かではなく、国益か否かが唯一の選択基準」と発言したことを肯定的に捉え、「この姿勢が任期終了まで揺れることなく維持されることを期待したい」と結んでいる。

 イ大統領の「実用外交」は今後どんな実を結ぶだろうか。また、明日の日韓関係はどう展開するだろうか。気になるイ大統領の言動を注視していきたい。

                                    

羽太 宣博(元NHK記者) 

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