2025年1月20日にドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任し、大統領権限を行使して不法移民の強制送還、関税強化を打ち出してきた。「米国第一主義」「対中強硬」を基本方針に、経済の不透明感が増大していく中で、今後の医療政策はより一層予測不能になっている。本稿では、トランプ新政権の政策を概観し、医薬品産業への影響と対応を考察する。
医療分野における基本的な政策は「規制緩和および医療の透明性向上によるアクセス改善と医療費削減」が優先される。製薬会社においてポジティブな影響が出ると考えられるのは規制緩和である。トランプ新政権は、AIに関する規制やガイドラインへの対応を業界の自主規制へと転換する方針であり、AIやデジタルヘルスを活用した創薬および医療技術の開発の進展、また革新的な製品やサービス投入の迅速化などが期待される。一方、ネガティブな影響として、薬価の価格透明性に関する政策が挙げられる。製薬会社から見れば、薬価の低下が起こり、適正な価格に付加価値をどのように反映させていくか、より対応が難しくなりそうだ。
トランプ新政権では、医薬品などの重要品目の外国依存度を引き下げ、医薬品不足を緩和するために、税金と関税の活用を提唱している。これらに伴い医薬品の原料調達から製造販売に至る過程の安全性強化と不公平な貿易の是正、貿易赤字の解消を目指そうとしている。追加関税措置は、中国依存の解消が最優先とされ、対中関税の引き上げ、中国の最恵国待遇の撤回、重要品目の中国からの輸入の段階的廃止を謳っており、製薬会社は原材料の調達網強化など、リスクシナリオも想定した多角的な備えが重要になる。
以上、トランプ新政権における政策変更のポイントを見てきた。その上で日本の製薬企業はどのように対処すべきだろうか。米国は日本の製薬企業にとって引き続き重要市場であることには変わりはなく、トランプ新政権に振りまわされることなく、中長期的な視点に立った対応策が求められる。日本の医薬品輸出額は年々増加しており、特に米国は全体の3~4割を占める大きな存在となっており、引き続き米国市場の優先度は高い。
トランプ新政権の政策が日本の医薬品産業に与える主な影響については、日本市場の影響は少なく、他国と同様、薬価引き下げ圧力、追加関税、対中分離、国内生産回帰促進の影響が最大の懸念材料となる。トランプ大統領は特に中国を標的にしているため、中国企業との提携関係に影響を及ぼす可能性があり、中国系バイオ企業と契約を行う企業を連邦政府調達から排除することになるバイオセキュア法案のような立法はリスクである。
トランプ政策が医薬品産業に与えうる影響と対応は、概ね以下のようにまとめられる。
製薬業界への影響 | 対応 |
・米国の医薬品、原薬、医療用品の輸入価格上昇 ・中国など貿易相手国の報復措置(原薬輸出制限など)による生産・供給の混乱 ・関税や貿易摩擦の脅威による日本や欧州製薬企業の生産 ・投資の米国シフトの必要性 ・収益性の高い米国への輸出減少による日本や欧州の製薬企業の研究開発費の圧迫 ・孤立主義的な取り組み方での世界的な創薬イノベーションの遅れ | ・米国への投資や米国内の生産拡大、地域リスクを考慮した事業展開の見直し ・米国への新規・既存設備の投資や現地パートナーとの提携等による米国内での生産能力の拡大 ・米中分断の加速に備えた供給網の再編 重要原材料の調達網強化 ・価格戦略の再考(製品値上げ・価格転嫁) ・AIやデジタルヘルスを活用した創薬および医療技術の開発の進展と企業間連携、また革新的な製品やサービス投入の迅速化 ・収益源の多様化(新興市場や非医薬品事業への進出) |
以下に示す項目はトランプ新政権の発足以前から指摘され続けている製薬業界が抱える課題である。
●グローバル市場での競争力維持:米国市場は依然として重要
・現地法規制に対応した製品ポートフォリオの整備
・合併や買収、企業間連携を活用した市場参入・拡大
・グローバル対応可能な人材の育成と配置
●デジタルヘルスと技術革新の活用:医療の透明性向上や患者負担軽減に関する政策に対応するため、以下の分野での投資が必要
・デジタルヘルス技術の導入(リモートモニタリングや患者データ管理)
・AIを活用した創薬プロセスの効率化
・データに基づく意思決定体制の構築
●慢性疾患と高齢化社会への対応:慢性疾患管理や高齢者ケアに対するニーズの増大に対応するため、以下の取り組みが重要
・在宅医療や地域密着型医療サービスの拡充
・高齢者をターゲットにした予防医療、テクノロジー+新薬開発におけるコストダウン
・地域ケアと連携した薬剤供給体制の整備
国内外の製薬会社にとっては、「トランプ新政権に振りまわされない中長期的な視点に立った対応策」の一環として、上記のような課題に対する取り組みを着実に実行へ移していくことも重要である。
福地俊(創薬研究者)