テレビ番組は、小さい頃から楽しくて、待ち遠しくて、そしてワクワクして見たものだった。齢70を超えた今でも、そんなところがある。私のような1955年生まれは、テレビとともに人生を歩んできた、正真正銘のテレビ世代だ。そのテレビ世代に、ラジオ放送が始まってちょうど100年だから、ラジオについて、個人的な体験でかまわないから、エッセイ風に何か書けという。しかし、夢中になってラジオ番組を聞いたという記憶は、数えるほどしかない。
自分で周波数を合わせて、ラジオに耳を傾けたのは、中学、高校の頃が最初だったように思う。深夜放送だ。「オールナイトニッポン」や「パックインミュージック」、FMでは「JET STREAM」。パーソナリティの個性的な語りとリスナーからの便りとリクエスト音楽を交えた深夜の生放送。受験勉強をしながらの、いわゆる“ながら”視聴なのだが、家族で見るテレビとは違って、自分だけの特別な時間帯だった。友達もみな聞いていて、学校でも話題になった。当時の若者たちの心をつかんでいた。
放送記者としてNHKに入ってからは、自ら取材してニュース原稿を書く、という放送の作り手の側になった。当然のことだが、仕事の必要性から、ラジオのニュースは記者リポートも含めて常に聞くようになった。ただ、それ以外のラジオ番組で、のめり込んで聞いた、と思い出せるものはないに等しい。思い起こせるのは、もっぱらドライブをしながら、カーラジオから流れる音楽や情報番組、それに野球のナイター中継くらいに思う。やはりこれも“ながら”視聴で、ラジオは、生活の中では、主役をテレビに奪われ、ずっと脇役のようなメディアだった。
ところが、NHKを退職し、NHKと民放が共同で運営する、公益財団法人放送番組センターに移ってから、はからずも、ラジオ番組を真剣に聞く、というこれまでなかった体験をすることになった。そこでは、「ラジオを楽しむ!」という公開セミナーを開催していた。映画館のように、ラジオ番組を大勢の人が一緒に聞いて鑑賞し、鑑賞後には、番組の制作者や出演者によるトークも入れて、ラジオをより楽しんでもらおうというイベントだ。
2012年12月に開催された第1回は、小松左京原作の長編小説「日本アパッチ族」を脚色、演出した「鉄になる日」という、毎日放送で2011年11月に放送されたラジオドラマだった。芸術祭ラジオ部門大賞をはじめ、数々の賞を受賞したラジオドラマ史上に残る名作だ。会場の横浜市にある横浜情報文化センターのホールには、多くのラジオファンが足を運び、定員200人のホールは、ほぼいっぱいになってしまった。
セミナーでは、参加者は、座席に座ったまま、ほとんどが目を閉じ、一心不乱に番組に聴き入る。奇妙に見えるかもしれないが、これがラジオのセミナーの作法だ。人間社会から追放され、鉄を食べる人種に進化した“鉄人”と人類との存亡をかけた戦いを描いたこのラジオドラマでは、現実にはない“鉄を食べる音”など、独創的かつ圧倒的な効果音が随所に盛り込まれている。音やせりふに耳を傾けて、頭の中に絶えず情景を思い浮かべながら、1時間のドラマを聞き終えた時は、さすがに疲労感を覚えた。“ながら”視聴ではありえないことだ。
セミナー司会役で放送作家の石井彰さんが、「今の学生たちにラジオドラマを聞かせると『疲れた』と言う。それは彼らが場面を想像することに慣れていないから。生まれつき、映像のあるテレビで育った若い人たちに共通する傾向だ。今の若者が好んで聞く歌の多くは、気持ちを伝える言葉ばかりで、情景描写がほとんどない。携帯小説なども会話で成り立っている。」と解説していたが、妙に納得してしまった。テレビ世代の私も映像付きのテレビにどっぷりつかってしまい、ラジオドラマを鑑賞する力が乏しくなっていたのかもしれない。
第4回のセミナーでは、ラジオだからこそ描けたといえる作品に出会うことができた。朝日放送が2012年12月に放送した「調律師という芸術家~最高の音楽を作る究極のピアノ調律」という1時間の番組だ。ピアノの調律の前後の微妙な音の変化を、高音質の録音で聞かせてくれるのだが、これがテレビだと、おそらく視聴者は、映像で描かれる調律師の作業にも目がいってしまうだろう。ラジオは音だけだ。だからこそ、リスナーは耳を澄まし、それに集中することができる。だから、わずかな音の違いにも気づく。番組の大事な部分が伝わるのだ。ラジオでなければ描けない、伝わらないものがあることを、このセミナーで初めて知ることとなった。
第9回は、車に乗れば誰もが耳にする交通情報をテーマにした、「TBSラジオ年末交通情報~おまけ付き~」という番組だった。1時間の番組の最後の4分が本物の交通情報、それまでの56分間は、交通情報がどのように作られるのか、交通情報のキャスターたちの証言でつづる舞台裏のドキュメントとなっている。そのドキュメントの部分がおまけで、いわば“おまけ付き”の交通情報として、2018年12月28日の年末に放送された。「普段聞き流しているものを、作る工程や裏側を知ったうえで聞いたら、感動的に聞こえるのではと思い、それに合うテーマがラジオの交通情報だった」と、セミナーの中で、制作にあたったTBSのプロデューサーが明かしていた。構成の斬新さに加えて、交通情報にちなんだ音楽も随所に挟み込まれ、まさに、ラジオの楽しさ、面白さを体現した番組だった。
公開セミナー「ラジオを楽しむ!」は、2012年から2022年まで10回開催され、あわせて14本の番組を取り上げた。いずれも数々の賞を受賞した、“聞きごたえ”のある作品ばかりだ。これらを含めて、放送番組センターが運営する、横浜市中区にある放送ライブラリーには、過去に放送された民放やNHKのラジオ番組およそ5000本が保存され、無料で公開されている。今のラジオ番組は、生、ワイド、パーソナリティの番組が多くを占めている感じだが、以前はドラマやドキュメンタリーなど、多種多様な番組が流れていた。一度、放送ライブラリーを訪れて、過去のラジオ番組を楽しんでみてはいかがだろうか。ラジオの新たな魅力を再発見することにつながるだろう。
松舘晃(公益財団法人放送番組センター顧問)
シリーズ ラジオ100年Ⅲ ラジオを楽しむ!
