無職の行列 ~たかが投書欄、されど投書欄~

新聞の投書欄を見ていると気が滅入ることがある。投書の内容ではなく投稿者の肩書だ。圧倒的に無職が多い。掲載される投書の数は、各紙それぞれ一日に6本から8本程度だが、日によっては半分以上が、「無職の〇〇さん」の文章となる。投稿者の年齢も高い。「それだけ読者が高齢化しているのだから」と言えばそれまでだが、何だが新聞の将来像を見るようでもあり、やるせない。無職という肩書を安易に使うことにも疑問がある。例えば、73歳無職という表記。70歳を越えればたいていの人は無職である。わざわざ書くことにどれだけの意味があるのだろうか。同じ73歳でも女性だと主婦。この違いは何なのか。
1960年、1970年代の縮刷版の投書欄をのぞくと、実にバラエティーに富んでいた。30代会社員、40代公務員。学生も多い。主婦には、子育てや家族の中で家事を担う人との役割がうかがえた。無職はそう多くはない。日本社会は今と比べてはるかに「若かった」のだ。その時代であれば、無職と言う表記には、「この人は、今は仕事をしていない」ことを示す意味があった。
いつから「無職の〇〇さんが中心」になったのだろう。各紙の投書欄の表記を経年的に調べ、データをとればちょっとした研究になるし、既にあるのかもしれないが、先を急ぐ。高齢化社会と若い読者の減少で、無職の表記が投書欄に並んだ頃に、各社の担当者はもっと考えるべきだった。しかし、先例が踏襲された。 投稿者は、新聞社が示した応募規定に従い、住所、氏名、年齢、職業と書く。その時、疑問を感じる投稿者がいるかもしれないが、結局は何歳であろうと、男性で職業がなければ無職。配偶者がいる女性ならば主婦と表記することになる。最初にも書いたが、70歳、80歳で仕事をしていないのは当たり前である。(例外もある。「36歳 無職」など時々見かける若い失業者。無職の二文字にリアリティーがあり必要な表記だが)。主婦と言っても、老夫婦の二人暮らしであれば、一般的な主婦のイメージとは異なった生活だ。
新聞読者の多数を占める高齢者。なかでもわざわざ投稿してくれる読者を、そう簡単にくくってしまっていいものか。無職の文字が並ぶ欄に若い読者は投稿したいと思うだろうか。
時代に合わなくなった表記をどうしたらいか。その前に、まず投書欄が持つ可能性である。戦後社会の中で投書欄が果たした役割には、原水爆禁止の草の根運動のきっかけづくりをはじめ、大きなものがあった。現在では、新聞が社会に果たす役割も変わった。新聞の論調が「世論の代表」という時代ではない。多くの疑問符がつきながらも、「ネット世論」は活況を呈している。「世間」に対して自分の意見を発表したい。そう考える人はブログによって簡単に情報発信者になれる。それでも、新聞の中での投書欄、あるいは読者の投稿が果たす役割は決して小さくはないと思う。投書を掲載する紙面は社によって異なるが、朝日新聞と東京新聞は社説が載るページだ。それだけ読者の声が重視されていると言える。11月のある日の投書欄を例にとり、年齢、職業に幅を持たせて選ぶ。「TPP,美しい農村守れない」=朝日=(長野県伊那市 60歳男 大工・農業)、「反格差デモの訴えに耳傾けろ」=毎日=(静岡県掛川市 53歳男 高校教師)、「高齢の運転過信は禁物」=東京=(埼玉県越谷市 73歳男 無職)。「ファー(毛皮)のこと、もっと大切に」=朝日=(東京都文京区 43歳女 会社員)、「元気の源は人との出会い」=(大阪市東淀川区 71歳 主婦)。いわゆる大ニュースではない日常的話題も登場する。

ここに一つの可能性がある。新聞に掲載される文章は、おおむね「プロ」によって書かれている。社説は論説委員という、担当分野は違っていても、年齢的にも学歴でも均一性の高い集団(大多数は男性)によって書かれ、無署名である。他の一般記事は、新入社員から中堅、ベテラン記者までが書くが、中年の「デスク」という職種が原稿をチェックする。新聞づくりには必要な仕組みだが、一定の規格にはまることは否めない。

それに比べて作家や学者、芸術家、実務家ら外部の専門家による寄稿には幅がある。そして投書欄にも、多様な情報と意見が掲載される可能性がある。新聞記者が農家を取材することは出来ても、長年農業をしてきた人の実感まで文章にするのは難しい。他の職業でも同様である。また、無職となった人の、人生経験を踏まえた意見。

投書欄を活性化するためにも、気持ちをなえさせる「無職の行列」はやめたい。名案はないが、ささやかな提案である。おそらく誰でも考えることである。①元教師、元調理師など過去の仕事②年金生活者との表記③無職の場合は今のような、名前の上の記載はやめる。などなど。①と②は最近、たまに紙面で見かける。おそらく担当者もいろいろ考えているのだろう。そこで、④としての提案である。いっそこのテーマで読者の意見を聞いてはどうだろう。「無職って肩書ですか?」と。討論会を開催してもよい。もちろん紙面化できる。

 

荻野 祥三(毎日新聞社OB 筑波大学特命教授)

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