■立花氏の〝応援〟で圧勝か
SNSを使った偽情報の拡散が後を絶たない。匿名で特定の個人を攻撃する誹謗中傷もなくならない。広告収入目当てのデマの投稿も多い。ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略がこのSNSで、フェイスブック、X(旧ツイッター)、ライン、ユーチューブ、インスタグラム、ティックトックなどをひっくるめて指す。いまに始まったことではないが、SNSの持つ負の側面が相手を深く傷付け、自殺に追い込むなど大きな社会問題となっている。
最近では兵庫知事選(昨年11月17日、投開票)をめぐる虚偽や誹謗中傷が指摘されている。兵庫県議会の全会一致で不信任が決議されたことを受けた、知事の斎藤元彦氏(47)の出直し選挙だった。不信任の発端は斎藤氏のパワハラ疑惑を元県幹部(60)が内部告発したことだったが、告発後にこの元県幹部は亡くなり、自殺とみられている。当初、再選は難しいとの見方が強かった。しかし、斎藤氏はSNSを駆使して圧勝し、世間を驚かせた。
この圧勝の要因の1つとみられるのが、政治団体「NHKから国民を守る党」党首、立花孝志氏(57)の前代未聞の言動だった。自ら知事選に出馬したにもかかわらず、立花氏は「斎藤前知事を当選させる」と公言し、斎藤氏擁護の街頭演説や情報発信を続け、その結果、SNS上に「齋藤さんは悪くない」との投稿が増えていったという。
■トランプ大統領の異常な言動に類似
今年1月18日、斎藤氏のパワハラ疑惑を調べる兵庫県議会百条委員会の委員を務めていた前県議(50)が死亡した。自殺らしい。委員会で斎藤氏を追及する前県議の様子がSNSで拡散され、嫌がらせの投稿や電話が続いていた。
報道によると、立花氏は選挙中の街頭演説で前県議の動静を情報提供するよう集まった聴衆に求め、自宅に押しかけるという発言も繰り返した。むごいことに死後には「前県議は逮捕される予定だった」と話し、取り調べや逮捕を苦に自殺したかのような投稿をした。人として許されない行為である。
立花氏のこの発言に県警本部長が議会で「まったくの事実無根。被疑者として任意の調べをしたこともないし、逮捕するといったような話もまったくない。明白な虚偽がSNSで拡散されているのは極めて遺憾だ」と捜査の内容を明らかにする異例の対応を見せた。
それにしてもなぜ、多くの有権者が立花氏の言動を信じたのか。アメリカ大統領に再選したトランプ氏(78)のあの異常な言動とどこか似通ったものがあるのかもしれない。SNS上のトランプ氏のデマ発言が有権者を動かし、トランプ氏を二度も大統領に押し上げた。虚偽や誹謗中傷が多くのアメリカ人の心を捉えて1つの世論を作り上げてしまう。異常事態としか思えないが、これがいまのアメリカ社会の現実なのである。
■虚偽が作るゆがんだ世論
ところでトランプ氏が最初の大統領選で当選する前年の2016年11月、世界最大の英語辞典を発行するイギリスのオックスフォード大学出版局が、虚偽のまかり通る異常事態を捉え、2016年を象徴する言葉に「ポスト・トゥルース(post truth)」を選んだと発表している。ポスト・トゥルースとは真実の後の事態を示す言葉で、事実ではなく、感情や個人的な信条によって世論が形成されるという意味である。
人は自分の考えと同じ意見を持つ人を好む。客観的事実よりも、自分の立場を擁護してくれる情報に強く引き寄せられる。SNSほどそれが顕著に表れるのだろう。その結果、トランプ氏のような米国第一主義や過度の保守主義、自国さえよければ構わないという反グローバリズムに陥り、危険なポスト・トゥルースを生む。
繰り返すが、SNS上では意見や考えが近い人同士がつながりやすく、そこで共有される情報は偏りがちだ。事実や真実よりも共感できるかどうかが重視される。意見が極端になり、社会を分断させる危険も生まれる。異なった意見を聞いて認め合い、議論を深めていく民主主義のルールが無視される。SNSがもたらすゆがみが、民主主義を蝕む。そうならないためにも自分と異なる意見に進んで耳を傾け、冷静に判断できる能力(リテラシー)を養う必要がある。
■事実と嘘を見極める能力
このメッセージ@penに何度も書いてきたことだが、日航ジャンボ機墜落事故の日航123便は自衛隊機、あるいは米軍機によって撃墜され、証拠隠滅のために墜落させられたとの虚偽の情報がはびこっている。こうした陰謀論や爆撃説に関心を持つ人も多く、その状況はポスト・トゥルースが引き起こす異常事態に近いものがある。
40年前の1985年8月12日、日航ジャンボ機墜落事故は起きた。日航123便はボーイング社による後部圧力隔壁の修理ミスが原因で隔壁が破れ、噴出した客室の与圧空気によって垂直尾翼や油圧システムなどが吹き飛ばされ、操縦不能に陥って群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落した。航空史上最悪の520人が亡くなった。当時の運輸省航空事故調査委員会はフライトレコーダーとボイスレコーダーの解析や墜落現場で見つかった隔壁の損傷状態から極めて科学的にこの隔壁破壊説を導き出している。爆撃についても科学的調査で否定している。それにもかかわらず、陰謀論や撃墜説は消えない。
陰謀論や撃墜説は危険なポスト・トゥルースを生み出す。事実ではなく虚偽によって作られる意見が、ポスト・トゥルースである。それゆえ、個人個人が、何が事実でどれが嘘かを見極める能力(リテラシー)を養い、正しい知識やしっかりした考えを持つことが必要だ。陰謀論や撃墜説が如何にセンセーショナルで好奇心をくすぐられるような内容であろうと、嘘であることを見破ることが大切である。それがSNS上の虚偽情報の拡散やSNSを使った誹謗中傷を食止めることにもつながる。
木村良一(ジャーナリスト・作家 元産経新聞論説委員)