始動する石破新政権と日韓関係

 日本の新しい首相に自民党の石破 茂総裁が指名された。国内外から注目される中、石破政権が始動した。
先に行われた自民党総裁選挙は、9人が立候補する異例なものとなった。政治とカネの問題などから派閥単位の動きも薄れ、読みにくい波乱含みの選挙でもあった。5度目の立候補となった石破氏は1回目の投票で2位だったが、決選投票で逆転勝利した。終盤の選挙戦は、新たな政権人事への思惑も重なって、まさに「一寸先は闇」の世界となった。
予測不能は世界も同じだ。力による現状変更の試みが横行し、既存の国際秩序が大きく揺らいでいる。日本を取り巻く安全保障環境も厳しい。北朝鮮による核の脅威が差し迫り、中国は海洋進出を強めている。自由や法の支配といった価値観を共有する日米韓、そして日韓などの連携強化が求められる所以だ。そんな世界にあって、石破首相はこれから日本をどう導くのだろうか。

 今回の総裁選挙の争点は、国民が強い関心を示した、政治とカネの問題、経済・財政政策と物価高対策に重点が置かれたように見える。とはいえ、激動の世界情勢に照らせば、「外交安全保障対策」も重要だ。
 防衛大臣の経験を持つ石破首相は、これまでも日本の平和と安全について繰り返し言及してきた。その発言からは、石破首相が同盟国を中心に連携を深める、集団安全保障を基軸に据えているのが分かる。
 石破首相は、アメリカの政策研究機関「ハドソン研究所」に、「日本の外交政策の将来」と題する論文を寄稿した。アメリカ時間の9月27日に公表されている。論文は、中国、ロシア、北朝鮮などの動きを抑制するため、韓国も含めた「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」を創設し、核兵器の共同運用なども検討すること、日米安保条約や地位協定をより対等な関係に改めることなどを提案している。この石破首相の安保政策に対し、日米の専門家などからは疑問の声も出ている。自衛権論争との関係も含めて、今後の日米、日韓の対応をしっかり凝視していく必要があろう。

 日韓関係はムン・ジェイン政権時代、最悪と評されるほど冷え切った。その後、「未来重視」のユン・ソンニョル政権が誕生し、改善に向かう転機となった。韓国では、ユン政権の対応に厳しい世論も根強いが、日韓双方ともに対話姿勢を堅持している。関係改善の途上にあって、韓国は石破政権の始動をどう受け止めたのだろうか。
 韓国の主要各紙は、ニュース記事や社説などで相次いで取り上げた。通信社の聯合ニュースは27日の速報で、かつて石破首相が「日本は戦争責任と正面から向き合ってこなかった」と発言したことに触れ、「歴史問題で日韓関係が悪化することはないとの見方がある」と伝えている。このほか各メディアは、「ハト派」「安保通」「右翼とは異なる歴史観」などの表現を使って、日韓が今後も協力できるとの期待感を示している。社説では、中央日報が「『コップの半分』満たすことを期待する」(9月28日付け)、また、東亜日報も「『コップの残りの半分』を満たさなければ」(30日付け)と題して、日韓関係を論じている。これは、去年3月の岸田・ユン会談で、ユン大統領が「(韓国が)コップの半分を満たしたので、残りの半分は日本が満たさなければならない」と述べたことに準え、日本は韓国の立場をしっかり受け止めるべきと論じたものである。いずれも石破首相の誕生を歓迎しつつも、「コップの半分」に当たる日本側の対応を求めたもので、歴史問題の根の深さが伺える。革新系ハンギョレ新聞は30日付けの社説で、「アジア版NATO」について触れている。その中で、「中国を排除して韓国と事実上の軍事同盟を結ぼうという意見に同意する韓国人はほとんどいない。問題が本格化すれば、摩擦は避けられない」と批判していて、韓国内の微妙な情勢が見えてくる。

 10月1日、石破新政権の始動を受けて、韓国外務省は直ちにコメントを発表した。「(日韓は)自由、人権、法の支配などの普遍的価値を共有するパートナー」だとした上で、「安全保障、経済、地球規模の課題などの分野で、一段階発展した未来志向の協力関係を作るために日本と努力」するとの姿勢を明確に打ち出している。
 今回の自民党の総裁選では、日韓関係が争点になったわけではない。ただ、選挙一色の9月上旬、岸田前首相が韓国を訪れ、ユン大統領と会談していることに留意すべきである。12回目となった岸田・ユン会談は今回で最後となったが、今後も日韓関係を進展させるために協力し合うことで一致している。岸田前首相としては、自ら再開したシャトル外交も含めた日韓外交を引き継ぐよう求めたと言ってもよい。
 一方、日米韓の国内事情を見れば、それぞれ課題を抱えている。日韓関係の先行きは不透明と言ってよい。石破政権は政局の安定を求めて早期解散に踏み切り、野党の厳しい批判を浴びている。総選挙の結果次第では、今後の政局は大きく揺れる。また、韓国では、国会の絶対多数を握る野党がユン政権への批判を強め、レームダック化も懸念されている。さらに、アメリカは11月初めの大統領選挙を控えている。接戦を繰り広げるハリス、トランプの両候補のいずれが選出されるかによって、日米、米韓はもとより、日韓関係にも影響が及ぶだろう。
 世界は今、歴史的な激動期にある。国際ルールを無視する蛮行が目立つ今、価値観を共有する日米韓、日韓がさらに連携を強められるかが問われていると言ってよい。日韓関係は、来年、国交正常化60周年を迎える。その先も見越した関係構築ができるかどうか、今がその節目。しっかり注視していきたい。
羽太 宣博(元NHK記者)

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