大学発ベンチャーの問題点 ~国産ワクチン開発を巡って~ 

 アンジェスは、2022年9月7日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するDNAワクチン(プラスミドDNAワクチン)の開発を中止すると発表した。併せて、DNAワクチンの開発や生産に向け、国内外の複数の企業と進めていた共同研究についても終了した。

 アンジェスは、1999年12月、当時大阪大学医学部助教授であった森下竜一氏(創業者)による研究成果をもとに発足した大学発創薬型バイオベンチャー(遺伝子治療薬の創薬企業)である。同社は、2020年3月5日、世界保健機関(WHO)による「新型コロナウイルスによるパンデミック」の宣言前に、大阪大学と共同で新型コロナウイルスの感染予防用DNAワクチンの開発に乗り出すと発表した。研究開発をリードする大阪大学大学院医学系研究科・臨床遺伝子治療学の森下教授は、「政府や厚生労働省から支援してもらうという話をもらっている。他の大学や製薬企業にも参画を呼び掛けており、オールジャパンで取り組んでいきたい」と語っていた。一方、米国ではモデルナ社がRNAワクチンの臨床試験を開始したと伝えられていたが、森下教授は「DNAワクチンの方が安定で製造コストが安くて済むと考えられる」などとしていた。

 アンジェスが開発を目指していたのは、新型コロナウイルスを構成するスパイク蛋白質の配列を持つDNAワクチンだ。プラスミドとよばれるDNAの運び屋を注射で投与し、スパイク蛋白質に対する免疫反応を誘起させ抗体を産生させる仕組みである。

 アンジェスは2020年9月から、同DNAワクチンを筋肉内接種する第1/2相臨床試験、続いて、第2/3相臨床試験を実施したが、十分な効果が得られないことが判明、2021年11月5日に最終治験の断念を発表していた。一方で、2021年8月からは、免疫反応をさらに高めるべく薬剤濃度を上げた高用量のDNAワクチンを、筋肉内接種または皮内接種する第1/2相臨床試験を進めていた。しかし、当初のDNAワクチンでも、高用量のDNAワクチンでも、新型コロナウイルスのスパイク蛋白質に対する抗体量が期待していた水準に至らず、効果が得られないとして2020年3月から開発を進めてきた新型コロナウイルスワクチンの開発中止を決断した。

 厚生労働省の資料によれば、これまで同社のDNAワクチン開発には、厚労省や日本医療研究開発機構(AMED)から、生産体制整備費として約94億円、研究費として約35億円が投じられ、同社に返却の義務はない。

 製薬・バイオ業界では、アンジェスが開発に乗り出した当初から、「DNAワクチンでは十分な効果が得られないのでは」とささやかれていたという。過去のデータから、DNAワクチンはマウスやラットには効果を示すものの、ヒトでは効きにくいことが知られていたためだ。実際に、新型コロナパンデミックの発生までに、感染症の予防のために国内外で承認されたDNAワクチンは存在していなかった。

 DNAワクチンがヒトの細胞に取り込まれ、新型コロナウイルスのスパイク蛋白質を発現するためには、プラスミドベクター(DNAの運び屋)が細胞の核内に送達される必要がある。「DNAワクチンを実用化するには、核内への送達効率や抗原タンパク質の発現効率に課題がある」というのが業界の共通認識であった。アストラゼネカ社の新型コロナウイルスワクチンは、スパイク蛋白質のDNAの運び屋としてウイルスベクターを用いて実用化され、2021年5月に国内承認を受けている。

 アンジェスが、自社のワクチン開発において十分な効果が期待できないため、さらに高用量の投与が必要であるとして追加の臨床試験を開始したのは2021年8月であり、この時点でアストラゼネカ社のワクチンは国内承認を受けていた。また、2021年2月にはファイザー社-ビオンテック社のメッセンジャーRNAワクチンが国内承認を取得、同5月にはモデルナ社のメッセンジャーRNAワクチンが国内承認を取得していた状況である。アンジェスは、「自社ワクチンの有効性がアストラゼネカ社のワクチンに競合できるレベルに到達できるか?」、「既に、数社のワクチンが承認された状況で、自社ワクチンの開発を継続し、事業化が可能であるか?」について検討すべきであった。また、支援者の厚労省やAMEDとの協議は十分に行われただろうか。

 医薬品開発は、常に多くの不確定要素を含んでおり、適切な時期にデータや競合状況に基づいた判断が迫られる。政府は現在、国産ワクチンの開発に対して、国内4社への開発支援を継続中である。その支援額は、今回のケースをはるかに上回る。国内外の感染状況や、既存のワクチンとの競合性や優位性をもとに、開発支援の妥当性を常に検証していくことが重要だ。

アカデミア創薬研究者 福地俊

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