新型コロナは「季節性」が表れて初めて「収束」に向かう

■南半球の流行状況から季節性の獲得を判断できる
 今年1月号のメッセージ@penで「新型コロナはいつ終息するのか」との見出しを付け、「楽観論ではあるが、今年中には終息するだろう」と書いた。この記事に少しばかり補足しておきたい。
「今年中の終息」の根拠に挙げたのが、スペイン風邪だった。スペイン風邪は100年以上も前にパンデミック(世界的大流行)を起こした新型インフルエンザである。日本では1918(大正7)年8月に第1波が起き、1919年10月に第2波、1920年8月に第3波を引き起こした後、終息に向かった。終息まで3年かかっている。
 1月号では「ウイルスの存在自体もよく分からず、効果の高いワクチンや治療薬もなく、医療体制も脆弱だった時代だったからこそ、3年という歳月を要したのだろう。インフルエンザとコロナの違いはあるが、新型コロナは3年もかからないで終息すると思う」と指摘した。
この指摘に終息を見極めるのに欠かせないキーワードを入れていなかった。それは「季節性」である。私たちの周りには4種類の風邪コロナウイルスが存在することが分かっているが、どれも冬場に流行するという季節性を持っている。新型コロナウイルスもやがてこの季節性を獲得するはずだ。季節性をどこまで獲得しているかについては、これから冬に向かう南半球での流行状況を見て判断できるだろう。
重ねて補足しておくと、「新型コロナは3年もかからないで終息する」との指摘は、あくまでも楽観的な見通しである。

■なぜ、日本では感染者数が急降下しないのか
 新型コロナに対する私の考え方に誤算もあった。そのひとつが第6波(2022年1月~)を作った変異ウイルス「オミクロン株」の日本での感染者数の減少の仕方である。
 感染力の強いオミクロン株は昨年11月25日、南アフリカの国立伝染病研究所が「新たな変異ウイルスを検出した」と公表してからかなりのスピードで世界各国に広がり、従来株を駆逐するように感染していった。南アではわずか1カ月でピークを過ぎて減少に転じた。他の国でもその傾向が見られた。
 このため私はこう推測した。オミクロン株はこれまでの変異ウイルスに比べて感染拡大にスピードがあり、その分、集団免疫の形成も早く、結果として割りと早く感染拡大に歯止めが掛かる。急上昇した直後に急下降する頂上が鋭角の感染の山を作る。
 ところが、日本は違った。厚生労働省がホームページで作成しているグラフ(全国の新規陽性者数推移)を見ると、今年2月1日にピーク(10万3425人)を越えても大きく減少しない。もっと早く減少すると思っていた。大きな誤算だった。見通しを誤った。
 それではなぜ、感染者の数が急降下していかないのか。今後の防疫のためにもきちんとした答えを見つけなければならないが、日本が世界で一番、高齢化が進んでいることに起因しているのではないか。新型コロナは免疫力の落ちた高齢者が標的となりやすい。もうひとつはやはり若い人たちの間で無症状の不顕性感染がかなり多く、本人が感染に気付かずに感染を広めているからだろう。幸いなことにワクチン接種者は増えている。いずれ感染者は少なくなるはずだ。

■インド由来のデルタ株の感染拡大も誤算だった
 新型コロナは変異ウイルスによって大きな感染の波を作って感染を拡大してきた。たとえば、日本の第4波(2021年3月~6月)は「アルファ株」によって起こり、第5波(同年7月~10月)は「デルタ株」によるものだった。このデルタ株の感染拡大も大きな誤算だった。当初、私は「N501Y」と呼ばれたイギリス由来のアルファ株が感染の主流を占めるだろうと考えていた。しかし、その予想は外れ、インドで発生したデルタ株が世界中に広まり、日本では大きな第5波を作った。
 13億6600万人を超える世界第2位の人口を持つインドでは、衛生状態の悪い貧民街で大勢の人々が集まって暮らし、ガンジス川では肩を寄せ合うようにして沐浴する。新型コロナが好む3密(密集、密接、密閉)の典型だ。当然のようにデルタ株はインドで感染爆発を引き起こし、ピーク時の昨年5月には1日で40万人を超す感染者を出した。その過程で様々な変異ウイルスが生まれては消え、消えては生まれていった。環境に適したウイルス、つまりよりヒトに感染しやすいウイルスが生き残った。感染爆発が起きると、新たな変異ウイルスが生まれ、その変異ウイルスが世界中に広がる。それがデルタ株だった。ウイルスの動向はウイルス学者でも把握し難いといわれるが、まさにその通りだと思う。

■「懸念される変異ウイルスは必ず出てくる」
 東大医科学研究所特任教授の河岡義裕氏は「いずれは病原性(毒性)が低くなると言われているが、それに要する時間は、1年とか2年のスパンでは考えにくい。10年かかるかもしれないし、100年かもしれない。デルタ株の出現をみていると、まだ人に適応している過程のような気がする」(『文藝春秋』2021年10月号)との見通しを示している。
 河岡氏はノーベル賞の受賞が期待されるウイルス学の世界的権威で、20年以上前に取材を通じて知り合った。その河岡氏が「病原性が低くなるまでに長い時間がかかる」というのだから気になる。
 今年2月10日にやり取りしたメールでも河岡氏は「(懸念される変異ウイルスは)必ず出てくる」と指摘した後、次のように説明(要約)していた。
「すべての人に免疫ができた段階で終息に向かっていくと思うが、すぐには終息しない」
「スペイン風邪との違いは、インフルエンザは1918年のパンデミックの前にも流行してヒトに一定の免疫があったので、同じインフルエンザのスペイン風邪の終息は早かった。しかし、新型コロナに人類は免疫がまったくないので、ワクチン接種の継続や自然感染の繰り返しによって免疫が集団としてある程度できないと、終息にはならない」
 河岡氏の見解は正しいと思う。ただし、むやみに怖がる必要はない。注意を払いながらも、冷静に対処していきたい。

■「終息」を待つのではなく、「収束」させる
 ところで、これまで私はメッセージ@penで「終息」という言葉を使ってきたが、今後は「収束」という言葉を使いたい。終息は自動詞で「感染症が終息する」というように使われ、そのものが自然に終わるという意味がある。これに対し、収束の方は他動詞として「感染症を収束させる」と使い、かつ自動詞としても使われる。人為的な意味が強い。
 河岡氏も指摘しているが、オミクロン株の感染拡大が落ち着いてもまた新たな変異ウイルスが現れ、感染の大きな波を作る可能性は否定できない。新型コロナのような新興感染症は一度パンデミックを引き起こすと、根絶が難しい。
 しかしながら、正しい知識に基づいた感染予防(ワクチン接種や3密の回避など)と治療(投薬など)によってコントロール(制御)することはできる。このコントロールが「収束」につながる。新型コロナを人為的に抑え込むことが収束を生む。
新型コロナの終息を待つのではなく、新型コロナを収束に向かわせることによって社会・経済の活動を正常に戻していきたい。
木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

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