日本でも見つかったインド型など新型コロナウイルス変異株

 新型コロナウイルスの感染が再拡大し、4月25日より三度目の緊急事態宣言の期間に入った。このような状況下で、テレビやネットでよく取り上げられている「変異株」とは一体どういうものなのだろうか? 

 変異とは、生物やウイルスの遺伝子情報(設計図)が変化することである。一般的に、ウイルスは増殖・流行していく過程で、少しずつ変異を起こす。この変異したウイルスが変異株であり、変異が起こるとウイルスの持つタンパク質のアミノ酸の並び方に変化が生じるため、その性質が変化し、ヒトに感染しやすくなったり、ワクチンの効果が低下したりすることがある。そのため、例えばインフルエンザのワクチンは、毎年その変異にあわせて、流行が予測されるウイルス株に対してワクチンが製造されている。新型コロナウイルスの場合、約1ヶ月に2か所程度のスピードで変異していると言われており、これまでに数万もの変異ウイルスが出現していることになる。

 新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質の変異に注目が集まっている。新型コロナウイルスがヒトの細胞に侵入(感染)する際に、スパイクタンパク質がヒトの細胞表面にあるACE2受容体に結合することを足掛かりとしている。そのため、スパイクタンパク質の変異によってヒトのACE2受容体と結合強度が強くなり、感染(細胞へ侵入)しやすくなる可能性が指摘されている。また、新型コロナウイルスに感染した人やワクチンを接種された人が持つスパイクタンパク質に対する抗体の活性が、変異によって弱くなる可能性(ウイルスの免疫逃避)が指摘されており、ワクチンの効果低下が懸念されている。

 現在、国内では英国型などのいくつかの変異株が拡大の様相を見せているが、先日インド由来とされる変異株による新型コロナウイルス感染の国内事例が報告された。これらの変異株は、われわれにとってどれくらいの脅威なのだろうか。

 「N501Y」変異とは、新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質のヒトの細胞表面にあるACE2受容体と呼ばれるタンパク質と結合する重要な部位の501番目のアミノ酸に起きた変異である。従来株の501番目のアミノ酸はN(アスパラギン)であるのに対し、この変異では501番目にあるアミノ酸がY(チロシン)に変化している。このアミノ酸の変化によって、スパイクタンパク質の性質が変化し、「N501Y」変異がある場合、従来株よりヒトへ感染しやすい可能性が報告されている。このようにスパイクタンパク質を構成する様々なアミノ酸の変異によってウイルスの感染性や抗体に対する反応性の変化が調べられている。現在、我が国で注視されている変異型ウイルスの特徴を表に示した。

 WHO(世界保健機関)は変異ウイルスのうち、感染しやすい、重症化しやすい、ワクチンや治療薬が効きにくいことなどが既に実証されている変異株を「懸念される変異株」、警戒度は低いが、市中において複数の感染例やクラスターが確認されている変異株を「注目すべき変異株」と定義している。



我が国で注視されている変異型ウイルス

主な変異株重要な変異の部位国内での状況懸念される特徴
英国型N501Y懸念される変異株国内の変異型の大半を占める。感染力が従来株より強い。
我が国での感染拡大が続く。
ブラジル型
南アフリカ型
N501Y
E484K
懸念される変異株感染力が従来株より強い。
抗体の活性の低下(従来型ワクチンの効果低下)の可能性。
インド型E484Q
L452R
注目すべき変異株抗体の活性の低下(従来型ワクチンの効果低下)の可能性。
感染力が従来株より強い可能性。



 スパイクタンパク質の484番目の変異は、ブラジル型、南アフリカ型、インド型に見出されており、スパイクタンパク質に対する抗体の活性が低下するため、免疫やワクチンの効果を低下させる可能性が指摘されている。また、インド株にみられる452番目の変異にもワクチンの効果低下が懸念されており、さらにヒトへの感染性の増加と関連しているという報告もある。

 変異株に対してもワクチンの効果はあるのだろうか?ファイザー社からの公表データによれば、英国型や南アフリカ型の変異ウイルスが蔓延したイスラエルと南アフリカにおける臨床試験結果の解析から、これらの変異型ウイルスに対しても高い感染予防効果が示されている。また、ファイザー社製のワクチンを2回接種した人やウイルスに感染して回復した人の血清を用いた実験によれば、イギリス型の変異ウイルスに対する抗体は十分な活性を示した。さらにブラジル型、南アフリカ型の変異(484番目の変異をもつ)ウイルスに対しては抗体の活性の減少が認められたが、それでも十分な抑制効果があると結論づけている。

 インドでの大流行はインド型の変異株によるものか?インドでは現在、新型コロナウイルスの感染者が急増しており、1日当たり30万人以上の感染者が報告されている。その理由としては、インドの人々の行動様式(大規模な集会、手洗い、マスクの着用、ソーシャル・ディスタンスなど)も影響し、変異株の影響もあるのかもしれない。日本国内では4月26日時点で、検疫と国内検査では21例見つかっているということだが、このインド由来の変異株は英国型やブラジル型の様に「懸念される変異株」に指定されてはいない。感染性や重症度の増加の有無、再感染リスクの増加やワクチン有効性低下の可能性などについての情報が集積されるのを見守っていくことになりそうだ。ただし、インド型は警戒が必要な変異株である可能性は高いため、他の変異株と同様に、早期検出と厳格な隔離、接触者調査、海外からの帰国者の検査体制の強化、感染拡大地域からの入国規制強化は必要である。

 変異型ウイルスでも従来型ウイルスでも感染予防対策は同じで、マスク着用、手洗い、3密回避などを徹底することに変わりがない。感染が拡大するほど、ウイルスがコピーされる回数が増えるために様々な変異が発生する可能性が高くなる。新たな変異を生まないためにも、感染拡大を抑えるべきだ。ウイルスがヒトの細胞に侵入しやすくなるように変異したとしても、3密を避けマスクを装着すれば、ウイルスはヒトの体に入ることができず、増えることができない。基本的な対策を地道に続けることこそ重要なのだ。

 橋爪良信(理化学研究所マネージャー)

Authors

*

Top