「新型コロナの猛威が消えて風邪のようになる。欧米中心に始まったワクチン接種によって、人類が集団免疫を獲得するまでにあと3年から5年はかかる」と東京大学医科学研究所の石井健教授は予想する。5年後、コロナなき世界はどうなっているか?メッセージ@pen新年号から12回の予定で元野村総合研究所主任研究員・エコノミストの高橋琢磨さんが報告する。(メッセージ@pen編集部)
人類が遭遇した数々の疫病・感染症
発生の年 | 疫病 | 特色・記述など |
紀元前430年 | ペスト | ペロポネソス戦争時、アテネを襲う。人口3分の1減少。『戦史』に記載がある。 |
1348年~ | ペスト | モンゴル帝国の拡大でヨーロッパに持ち込まれ大流行。人口39%減少。 |
1520年~ | 天然痘 | スペイン人によって新大陸に持ち込まれ、現地人の93%が死亡。 |
1665年 | ペスト | ロンドン中心、デフォー『ペスト』 |
19世紀 | 結核 | 産業革命とともに猛威。以後断続的に |
1918年 | スペイン風邪 | 第一次大戦中にインフルエンザが大流行。死者1700万~1億人。 |
1957年 | アジア風邪 | 新型インフルエンザ。死者100万人。 |
1968年 | 香港風邪 | いわゆる新型のインフルエンザ |
2003年 | SARS | 中国南部でコロナウイルスで重症性呼吸器症候群(SARS)。 |
2009年 | 新型インフルエンザ | 短期間で流行が広がったことからグローバル化の負の側面が意識。 |
2012年 | MERS | いわゆる新型コロナ、中東呼吸器症候群(MERS) |
2019年 | 新型コロナ | 武漢で新型コロナ、COVID-19が発生、世界に拡大中。 |
⑴感染症の歴史が占うコロナ後
ヨーロッパでは、感染力が70%高いという新型コロナの新変異種が出て、その急速な拡大の懸念が強い中、そしてアメリカでは連日10万人の感染者が出る中、越年した。日本も欧米とくらべればレベルは低くとも第3波の重圧の中で新年を迎えた。世界の感染拡大の勢いは止まるところを知らぬ勢いだ。
その一方、メッセンジャーRNAやウイルスベクターといった遺伝子技術を利用した3つのワクチンが超高速で開発され、欧米では大規模なワクチンの接種が始まっている。ワクチンのミッションは言うまでもなく集団免疫の獲得だ。
エコノミストや株式市場では、ワクチンができたのでこれで景色は一変したと騒いでいるが、副反応の問題を初め課題も多く、必ずしもコロナ制圧は一筋縄でいかない。しかし、東大医科学研究所の石井健教授がいうように、5年くらいを経れば、試行錯誤を続けながらも日常を取り戻すことになり、コロナ後の社会がみえてくることになるだろう。
では、5年後の社会はどんな姿になっているのだろうか。ダボス会議を主宰する世界経済フォーラムが「グレートリセット」を唱えているように、コロナ禍がこれまでの経済社会の見直しを迫っているのは確かだ。一方、5年という試行錯誤の間にも対応の巧拙で差が出たり、思わぬ変化も起こっていることだろう。
上掲に人類が遭遇した疫病・感染症をざっと並べてみたのは、死者が500万人程度になると思われる今回のコロナの被害を過去と比べることではない。たとえば、人口が39%減少した14世紀のペスト禍では、農奴と領主の関係を一変させる大変化であったが、今回は人口動態への影響はかぎられているからである。
では、なぜかといえば定性的な変化を読み取りたいからだ。筆者が一番に気になることは、表にあるようには幅はあるが、ざっと2000万人を超える人がなくなったスペイン風邪の流行が第一次世界大戦と重なっていることに代表されるように多くが覇権戦争と重なっていることだ。そして、現在、私たちはアメリカの覇権に中国が挑戦しているという構図を目の前にしている。
なぜ重なるのか。筆者が『マネーセンターの興亡』の中で提示したことは覇権が提供する「容器」のようなもの限界、つまり生活スタイルを含め制度やインフラなどが新興国の台頭で使用に耐えられなくなるからだというものだ。その一例として1665年のペストの流行、その翌年の大火を経て大いに荒廃したロンドンに対してウイリアム・ペティが提案した再建策を取り上げたい。ペティは今日言う社会的統計の創始者といってよい人物だが、災害を繰り返さないためには当時としてのソシアルディスタンスの確保、衛生状況の改善のために、ロンドンの人口と市街化区域の制限をすべきだとの建策をしている。
一方、ペスト後の産業の在り方を論じたのは、『イギリス経済の構想―デフォーの社会改善計画』という書物を1669年に上梓したダニエル・デフォーである。彼は、イギリスは毛織物工業一点張りから多角化へ、生産重視から消費重視へ、貿易を加工貿易など高度化せよと論じた。産業革命への見取り図を提示していたことになる。
当然、コロナ禍後にあっても、17世紀のイギリスの変革に倣うものになるだろう。現に、『トランプ後のアメリカ社会が見えるか』を上梓した折に筆者がお世話になった東大の柳川範之教授も、コロナ禍を奇貨として、リモートワークや在宅学習を推進すべしと変革を提言しているし、各国は脱炭素を目指す社会の実現を競っている。
しかし実際に2050年にゼロエミッション社会ができるように着実に歩が進められるのか。5年後にリモート社会が生まれているのか。
多くの阻害要因が横たわっていることに気づく。サプライチェーンをとりあげても、米中対立の激化ゆえに、これまでのものが破壊され、米中対立を所与とする分断されているように見える。
否、米中対立はそれに止まらず、米中の衝突も否定できない。現に『米中戦争前夜』を上梓したハーバード大学のグレアム・アリソン教授は、古代ギリシャの歴史家トウキユディデスの書いた『戦史』に描かれたスパルタとアテネの覇権戦争以降の歴史が示すことは新しく挑戦者が誕生したときには、覇権戦争は避けられないのではないかと言い、米中激突を懸念している。
コロナ禍では、休業補償や経済刺激策などで財政政策も金融政策も超緩和の状態にあり、それが株価の高騰をもたらしていることも、近い将来インフレや財政破綻、金融危機などを引き起こしかねないリスクを孕んでいる一方、富者とそれ以外の者との格差を拡大している。そして格差の拡大こそが、筆者が森本敏氏やマイケル・オハンロン氏などとの共著『真の同盟を求めて(邦訳なし)」の中でも指摘したように、戦争を引き起こした大きな要因なのだ。
歴史がすべてを物語るわけではない。しかし、将来を占う上での鏡になっていることは間違いない。次回以降、焦点を絞って5年後を見ていくことにしたい。
高橋琢磨 (エコノミスト・元野村総研主任研究員)