生命誌研究者中村桂子さんに聞く 

 新型コロナウイルス感染症が世界的に広がり、一向に収束する気配がない。大阪府高槻市にあるJT生命誌研究館の館長を長く務めた中村桂子さんに、「生命誌」の観点から新型コロナウイルスをどう考えているか聞いた。生命誌は、「人間が生き物であり、自然の一部である」との視点から科学技術社会を捉える考え方で、中村さんが提唱している。

社会変えるきっかけに
一律大型から多様小型へ

 ――新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)をどのように考えたらいいでしょうか。

 「ウイルスは生態系の中には古くから存在し、パンデミックも起きていた。今回の新型コロナウイルスは、もともとコウモリが持っていたウイルスが野生動物を介して人間に移ったものだ。エボラ、エイズ出血熱などそれまで身近にはなかったウイルスが、文明社会になった20世紀後半から次々に顕在化するようになった。私たちの自然との向き合い方が乱暴になったので、野生で落ち着いていたウイルスを引っ張り出してしまったのが原因だ」

 「いつ収束するかはわからない。当面は感染を抑えるため、薬やワクチンを開発して対応しなければならないが、これまでの私たちの自然との向き合い方や文明を続けていたらほかの新しいウイルスが出てくることになるだろう」

 ――コロナ禍をきっかけに社会、暮らし方は変わりますか。

 「変えなければなりません。コロナ禍で、例えばテレワークなどオンラインで仕事ができることがわかった。地方に移動しようとする若い人の動きも出て来た。こうした若い人たちの気持ちをサポートすることが大事だ。北海道から沖縄まで、豊かな自然を生かした分散型の国づくりを進めるべきだと思う。直面する最も大きな問題は一極集中だ」

 「再生エネルギーを普及させる方向に向かっているが、その基本である太陽光発電を進めようとするなら『メガソーラー』ではなく、それぞれの地域でやる方がいい。地熱、風力、バイオマスなども活用して、これまでの一律大型社会から、多様小型社会をめざすべきだ」

 ――これからの経済活動のあり方は。

 「経済は大事だが、経済の本質は人々が豊かになり生き生きと暮らせること、つまり経世済民だが、考え方が逆になっている。経済ありきで、カネを回すために科学技術を開発しなさい、となっている。世界的に格差が広がっているが、格差がないような社会のあり方を先に考え、そのために技術開発をし、おカネをいかすよう考えるべきだ」

 ――副館長時代を含めて約27年間、大阪で仕事をされた。関西活性化へのメッセージを。

 「関西は日本文化発祥の地で歴史が残っている。大阪、京都、奈良、神戸と特色ある都市があるし、関西の人たちの考え方は面白い。大阪で生命誌の研究を始めたのは、新しいものを始めるには適切な場所と思ったからだ。ただ、都市それぞれの特色を生かしながら塊になれば東京など目ではないと、ずっと思っていたがそうはならないのはなぜか」

「もう一つ、関西に暮らして思っていたことは、『なんで、みんな東京に向いているんですか』ということ。山陽新幹線の先には朝鮮半島があり、中国あり、広大な文化圏がある。関西は東京よりアジアに近い。東京ではなく、西側と組んだら大きな力を発揮できるのに、と思う」

なかむら・けいこ 
東京大大学院理学系生物化学科博士課程修了。1971年三菱化成(現三菱化学)生命科学研究所人間・自然研究部長。早稲田大人間科学部教授などを経て1993年JT生命誌研究館副館長、2002年同館長、2020年4月から同名誉館長。著書に『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)、『科学者が人間であること』(岩波新書)など多数。84歳。

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 このインタビュー記事は、大阪商工会議所の機関紙「大商ニュース」(2020年12月10日号)の1面企画「核心を聞く」に掲載された。インタビューは、七尾が大阪と、中村さんが現在お住いの東京をオンライン会議システムで結んで行った。記事の転載は中村さんの了解を得ている。

七尾隆太(元朝日新聞編集委員)

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