我が国の新型コロナ抗体検査結果について考える

 6月のメッセージ@PENでは、「新型コロナウイルス対策をめぐる抗体検査の問題点」としてわが国での抗体検査に用いられる検査キットや結果の取り扱いに関する問題点を中心に指摘した。その後、東京都、大阪府と宮城県において進んだ厚生労働省の新型コロナウイルスに対する抗体陽性者の疫学研究が発表されたことから、その結果について再度考察してみたい。

 抗体保有率調査は、東京、大阪、そして宮城県で無作為に抽出した7950人に対して行われた。その結果、宮城県は0.03%、東京都は0.1%、大阪府は0.17%の人が新型コロナウイルスに対する抗体を保有していた。米国ニューヨーク州やフィンランド、ドイツ、スペインなどから抗体検査の報告が次々公表されてきており、抗体陽性者は3%~12%を示している。同じ抗体検査キットを使用していない、検査キットが新型コロナウイルスに対する特異性が低いなどの理由のため、数値が大きく見積もられている可能性があるが、それにしても今回の数値は桁違いに小さいのではないか?

 新型コロナウイルスに対する抗体保有者が少ないということは、その地域において新型コロナウイルスへの感染が広まっていないことを意味する。日本は、東アジア諸国とともに新型コロナウイルス感染症による死者が欧米と比べ極めて少なく、なぜ、新型コロナウイルス感染症への対応が成功したのかは謎のままだ。

 最近、その謎を解く手掛かりになる研究成果が二つの研究グループから発表された。米国の論文発表では、風邪のコロナウイルスに感染した経験を免疫細胞が記憶しており、新型コロナウイルスに対しても反応することが報告されている。ある病原体に対して起きる免疫反応が、別の似た病原体でも起こりうる「交差反応」と呼ばれる現象である。このグループの研究では、新型コロナウイルスのパンデミックが始まる前の、2015年から2018年の間に採取された過去の保存血液サンプルを用いて、新型コロナウイルスに対する免疫応答を調べた。すると、新型コロナウイルスに感染したことのない血液サンプルのなんと約50%から、この交差反応性が検出されたのだ。

 ドイツの研究チームによっても、新型コロナウイルスに感染していない被験者で、この交差反応性が確認されており、68人の未感染者の血液を分析したところ、34%の人たちが新型コロナウイルスを認識する免疫細胞を保持していたことがわかった。

 これらの結果は、コロナウイルスの仲間(属)を広く認識する免疫細胞の存在を示唆する重要な発見であるように思える。つまり、我々人類は一生の間に何回も繰り返し風邪を引いて、たいていの場合は軽い症状で回復する。風邪の原因ウイルスとしては、ヒトに日常的に感染する4種類があることが知られており、一般的な風邪の10〜15%(流行期は35%)を占めるとされるが、ほとんどの場合は症状が軽く、重症化する患者はまれである。これら4種の風邪コロナウイルスに繰り返し感染することによって、ほとんど全てのヒトがコロナウイルス属に対する免疫を獲得している可能性が高い。そして、長期間にわたって繰り返し感染することによって、ヒトによっては風邪のコロナウイルスを広く認識する免疫細胞を獲得している可能性があるのだ。

 もしかすると、日本や東南アジアでは、新型コロナウイルスも認識できる免疫細胞をつくり出すような風邪コロナウイルスの流行が過去にあって、欧米や南米では無かったのかもしれない。そのような免疫細胞や抗体を持っている我々は、新型コロナウイルスに感染しない、もしくは感染しても極めて症状が軽く治まったのではないか?と考えることができる。

 もし、新型コロナウイルスも認識できる免疫細胞をつくり出す風邪コロナウイルスに共通の抗原(免疫細胞や抗体がウイルスを認識する部位)を特定できれば、それを用いてあらゆるコロナウイルスに有効なワクチンが開発できるだろう。将来、より感染力の強い、あるいは致死性の高い新たなコロナウイルスの出現にも対処できる。

 衛生観念が高いことや日本人の規範意識だけでは、我が国が新型コロナウイルスの流行を封じ込めた理由を説明することができない。海外メディアが論評する日本の不可解な成功の原因を突き止める必要がある。風邪コロナウイルスの免疫細胞が新型コロナウイルスに反応性を有していることはデータで示された。日本や東アジアにおける新型コロナウイルスの特異な感染状況の謎の解明のために、今度は、我が国の免疫学者や疫学者が仮説の検証を主導してほしい。  

橋爪良信(理化学研究所マネージャー)

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