「ミニゼミ報告」新型コロナと”自粛”報道

 5月20日、2020年度最初のミニゼミが開催され、「新型コロナとメディア」を題材に、メディア・コミュニケーション研究所(旧新聞研究所)教員およびOBOGとともに現役学生が 議論を交わした。  

 中国・武漢発の新型コロナウイルスは、世界中を大混乱に叩き落とした。経済に関する様々な指標は、2008年のリーマンショックを上回る水準で悪化している。また、外出禁止令(日本では外出の「自粛」)により、通常の社会生活を行うことが困難になっている。さらに、メディア各社も通常の取材・ 報道活動を行うことが難しくなりつつある。なれないテレワークに苦戦しつつ、なんとか調子を整えようとしている(このミニゼミもオンラインで実施することになった)。このような状況で、メディアはどうあるべきか、という問いがより深刻味を帯びたものになっている。  

 ミニゼミでは、(1)「自粛」の効果および背景、(2)メディアの報道姿勢、の2点について検討した。(1)については、「自粛」という中途半端な措置ながらも、効果があがっているという認識で一致した。うまくいった理由としては、SNSやテレビのワイドショーを通じたソフトな相互監視も含む「世 間」の圧力が大きかったのではないのか、という指摘があった。また、「自粛」について、法学的観点から、日欧の法規範の違い、つまり日本ではヨーロッパとは異なり、極力自主的な形で済ませようとする傾向にある、ということから、その背景に迫ろうとする場面もあった。ともあれ、このような同調圧力が強い日本においては、政府が強制的に国民の活動を抑制する必要はないと考えられる。(2) については、コロナ一辺倒の報道、科学報道のレベルの低さなどについて懸念の声があがった一方、 情勢が落ち着いてきたことで、冷静かつ根本的な報道が可能になるのではないのかという意見があった。政府の政策や医療現場の状況に関する長期的な検証もできるようになるだろう。  

 ミニゼミ参加者の多くは、自粛で乗り切ろうとする「日本モデル」に否定的であり、欧米のように 法規制に基づいて行うべきだという立場であったが、自粛でうまくいったのならば、それでもいいじゃないかという意見もあった。参加者のひとりが述べた「自粛主体の『日本モデル』を肯定的に評価するべきだ」という主張は、きわめて新鮮であった。鈴木教授も日欧の法規範の違いについて言及し、 日本は欧州とは異なり、極力自主的な規制ですませようという傾向があることを指摘した。ヨーロッパのやり方は、明文化された根拠に基づいており、合理的であるため魅力的である。しかし、日本には日本のやり方があるという独自性の主張は一理あると感じた。正直なところ、「自粛」は(対話と合意による立法ではなく相互監視という半強制的な手段という意味で)野蛮であり、近代国家のやり方として相応しくないと思っていたが、ミニゼミで意見をきくなかで、以上のような結論に至った次第である。  

 現在、日本において、新型コロナの新規感染者は減少傾向にある。ミニゼミが終わってからしばらくして、緊急事態宣言も解除された。第2波、第3波が懸念されているとはいえ、今は小康状態だといえよう。こういうときにこそ、落ち着いた議論が必要になってくるだろう。また、「日本モデル」と形容されるような自粛中心の対策の是非も、ヨーロッパだけではなく、アジアを含めた諸外国との比較を通じて、検証されなければならない。そして、そのプラットフォームとしての役割が新聞やテレビをはじめとするマスメディアに求められているのである。

 次回のミニゼミは、7月15日に「新型コロナ問題が影を落とす東京都知事選挙」というテーマで開催予定である。

中川翼(慶応義塾大学文学部3年)

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