新型コロナウィルス対策をめぐる抗体検査の問題点

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して、免疫があるかどうかを調べる抗体検査に注目が集まっている。加藤厚生労働相は、新型コロナウイルスの大規模抗体調査を、6月から1万人規模で実施すると表明した。今回の調査は人口の多い自治体のうち、累積の患者数が最も多い東京都と大阪府、最も少ない宮城県が選ばれ、感染の広がりを把握するねらいがある。

 抗体検査は、被検者の血液の中に、新型コロナウイルスに対する抗体の有無を調べるための検査だ。抗体とは、ウイルスや細菌、がん細胞などの異物に対して免疫が応答し、体内で産生されるタンパク質のことで、ウイルスや細菌、がん細胞に結合する特徴を持っている。一般的に抗体検査では、ウイルスや細菌の感染初期に増加し徐々に減少するIgMと、IgMに若干遅れて増加し、比較的長期にわたって免疫に記憶されるIgGを測定・検出する。つまり、ウイルスの存在そのものではなく、ウイルスの侵入に対して我々の体が応答した結果である。そのため、回復した人を含めて過去にどのくらいの人が感染したか実態を把握でき、ワクチン接種が必要な人数の試算や、ワクチンを接種した際の効果判定、次に流行した時にどのくらいの人が感染する可能性があるのかを推計するのに役立つと期待される。

 海外では、米国ニューヨーク州やフィンランド、ドイツ、スペインなどから抗体検査の報告が次々公表されている。国内でもこれまでに、いくつかの抗体検査が実施されている。 実際に世界各国のデータでは、感染率が3%~12%と開きがあり。国内の結果も、1%~3%とばらつきがある。つまり、抗体検査に用いられる検査キットの性能がバラバラであることが指摘される。正確な感染者数を把握するためには、新型コロナウイルスに感染したことが明確なヒト(患者)の発症後の血液を用いて「陽性」だと判定でき、かつ、新型コロナウイルスに感染していないことが明確なヒトの血液を用いて「陰性」だと判定できる検査キットを用いなければならない。しかし、いまのところ国内では、厚生労働省から承認を得た抗体検査はなく、いずれも研究用試薬として販売中か、現在開発中のものであり、高い精度で「新型コロナウイルスに対する抗体が検出できる」抗体検査法の選別が待たれる。

 一方で、抗体検査を感染の広がりを把握するだけではなく、個人が新型コロナウイルスに対する免疫を持っている証明に使おうという動きもある。つまり、一度感染すればしばらくは再感染しないという期待感が先行し、抗体のある人に証明書「免疫パスポート」を出して、外出を認めるという考え方だ。しかし、抗体検査で陽性となり、「これまでに新型コロナウイルスに感染したことがある」と分かっても、それが意味のある免疫なのかどうかは別だ。現在のところ、新型コロナウイルスに感染し、免疫反応によって抗体を獲得したとしても、再感染を防げるかどうかなどは分かっていない。

 冒頭に述べたように、現在、東京都、大阪府と宮城県において年齢別に無作為に抽出された対象者の抗体検査が計画されている。しかし、高い精度で新型コロナウイルスに対する抗体を検出できる検査法が確定していない状況では、今後の感染症対策を検討するために有意義なデータが得られるかどうかは疑問だ。大規模な抗体検査を進めることの前提として、性能が認められた抗体検査法を用いることが重要である。そのためには、まず始めに感染者や回復者の協力を得て、検査方法の精度の確認を進めなければならない。科学的な根拠に基づく感染症対策方法の決定のためには、科学的に意味のある(信頼できる)データの取得が必須となる。今は、そのデータを取得するための信頼できる抗体検査法が無い状態だ。

 少し遠回りになる印象を与えるが、まず信頼できる抗体検査法を選別し、それを用いて感染の広がりを把握する。一方で、新型コロナウイルス感染者が獲得した抗体は、再感染を防ぐことができるかどうかの研究成果を待つ。その後、その抗体を検出できる抗体検査法を開発し、ワクチンの効果判定や開発に活用していくという考え方だ。このように着実に段階を踏んで、研究開発を進めること、信頼できるデータを取得し感染症対策を講じていくことが求められている。

 橋爪良信(理化学研究所マネージャー)

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