続・透析中止問題「福生病院」は心のケアを行っていたのか

■鍵を握る「サイコネフロロジー」
 前回4月号では人工透析を中止して患者を死に至らしめた公立福生病院(東京都福生市)を追及したが、今回はその続報である。
4月号の後半でこう指摘した。
「透析治療は精神的にも肉体的にも負担が大きい。だが透析を止めると、死が訪れる。透析患者は精神的に追い詰められる。判断が二転三転することは珍しくない。(公立福生病院で亡くなった)44歳の女性患者も、精神的に不安定になっていたという」
 透析治療が公的健康保険の対象となったのが1968年だ。その直後から透析が急速に普及した。だが、透析に拘束される時間は長く、しかも当時の透析装置(人工腎臓)は性能が悪く、透析膜が破れたり、血液が漏れたりと透析中に事故が相次いだ。病院の透析室に入っても、生きて出てこられるか分からないとまでいわれた。多くの透析患者が「こんな治療はもう止めたい」と治療の辛さを訴えた。夜間、病院内で暴れ、なかには自殺する患者もいた。
 そんな透析患者にカウンセリングをして心のケアと精神的サポートを行うが、「サイコネフロロジー(精神腎臓病学)」という医学・医療である。サイコ(psycho、精神)とネフロロジー(nephrology、腎臓病学)の合成語だ。1972年に精神科医(東京女子医大客員教授)の春木繁一氏(2014年7月26日、73歳で死去)によって始められた。
春木氏は横浜市立大医学部3年生のときに急性腎不全を発症し、その8年後に慢性腎不全となった。亡くなるまで42年間も人工透析を続けてきた。
 私の取材に春木氏がこう話していたのを覚えている。
「人には合理的に納得できないことがある」
「心の問題が解決されないから先に進めない」

■外科医と精神科医の出会いがきっけだった
 春木氏にサイコネフロロジーを勧めたのが、東京女子医大名誉教授の太田和夫氏(2010年7月20日、79歳で死去)だった。太田氏は東京オリンピックが開催された1968年に日本初の腎臓移植を東大医学部付属病院で手掛けた後、東京女子医大に移って日本を代表する移植医として活躍した。日本透析医学会理事長や日本移植学会理事長などを歴任した。医学・医療の取材で私の師匠だった。
 拙著『移植医療を築いた二人の男』(産経新聞社)の中で、太田氏と10歳年下の春木氏との出会いを書いているが、その部分を抜粋してみよう。
 場面は、東京女子医大の手術室で太田氏が春木氏の腕に人工透析を受けるためのシャント(動脈と静脈を吻合したバイパス血管)を作る手術をしているところだ。いまから47年前のことになる。
太田がまた、口を開いた。
 「先生は精神科医なんだってね」
 太田は春木に語りかけた。
 「せっかく透析を受ける運命になったのだから、それを逆手に取って、透析患者を精神的に支える領域で勉強してみませんか」
 「だれもがやったことのない分野だから、やりがいは必ずあります」
太田は「透析患者のサポートをなんとかしなければならない」とずっと考えていた。だが、精神医学の知識に乏しい外科医や移植医では対処することができない。そこに精神科医の春木が現われたのだ。しかも、透析患者としてである。

■問題は終末期医療をどう理解するかだ
 物理的な医療だけでは患者は救えない。透析だけでは患者の命をつなぐことができない。公立福生病院は過酷な状態に置かれた透析患者の不安や悩みを時間をかけて聞きながらその精神状態を把握し、サポートしていくサイコネフロロジーを理解していたのだろうか。疑問である。
 もうひとつ疑問に思うことがある。
 公立福生病院が透析を中止した背景には「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」という考え方があるのだろう。ACPとは人生の最終段階、つまり終末期において患者が望む医療を進めるプロセスを指し、現在、厚生労働省が「人生会議」(元気なときに家族と話し合おうという意味)と呼んで広報している。
 2006年3月に富山県射水市の射水市民病院で発覚した、外科医が末期のがん患者ら7人のレスピレーター(人工呼吸器)を取り外して死亡させた事件(結局、外科医ら2人が不起訴)をきっかけに厚労省が終末期医療の在り方を検討し、その過程でこのACPが生まれた。
 4月号で尊厳死(自然死)について触れたが、ACPは尊厳死を推し進める日本尊厳死協会と同じ考え方に立つ。同協会では会員が「尊厳死の宣言書」(リビング・ウイル)にサインすることよって延命治療を拒否する。
 公立福生病院は、国が推し進めるACPをどう理解していたのだろうか。ACPもリビング・ウイルも、患者本人の意思を重視している。厚労省のガイドラインでは「患者本人の意思は変化し得るもので、本人との話し合いが繰り返し行われることが重要である」と指摘している。その辺りを公立福生病院はしっかり実行していたかどうかである。終末期医療の在り方を医師のサイドから一方的に捉えていたのではないか。
 4月号の最後で主張したことをまた書く。
 行政や医学会の調査だけでは心もとない。刑事事件として警察や検察が捜査に乗り出し、問題点をきちんと洗い出して疑問を解明してほしい。
木村良一(ジャーナリスト)

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