ミニゼミ特別講義から「ジャーナリズムとAI-米国メディアの挑戦」

30年度第3回目のミニゼミが先月(12月)5日、ニューヨーク在住のフリージャーナリスト津山恵子さんを招き、特別講義として三田キャンパスで開催された。演題は「ジャーナリズムとAI——米国メディアの挑戦と戦い」。アメリカにトランプ大統領が生まれて2年。「フェイクニュース」「国民の敵」と名指しされてトランプの指弾の対象となっているアメリカのメディアの現況と、それに立ち向かうメディア側の対抗策としてAI(人工知能)をどのように活用しようとしているかが明快に示された。特別講義への呼びかけで参加した綱町三田会のOBGを含め30人ほどが講義を聞き、学生を中心に質疑。学生からの「AIが進んだ時代に心がけることは?」には「ロボットにはできない、生身の記者としての独自の切り口、企画を生めるような勉強を」とアドバイスしていた。

 

☆トラディショナル・メディアへの攻撃

トランプ大統領誕生が生んでいる米国メディアの明暗から話は始まった。

まず「明」————。「何をするか分からない大統領」の誕生で、テレビ業界ではケーブルテレビのニュース局の視聴率が上昇した。視聴者の登録数は、トランプに肩入れしている保守系のFOXニュースが720万。これに対してレイチェル・マドー(Rachel Maddow)らキャスターを擁したリベラル系のMSNBCが320万、日本では有名だがCNNは190万。

NYT(ニューヨーク・タイムズ)など、「紙」の購読者数が頭打ちの状況のなかで有料デジタル購読者に活路を見出そうとして新聞でも、皮肉にもトランプの登場でデジタル契約数は急上昇した。

一方、「暗」————。ツイッターによるトランプの発信力が圧倒している。過去の政治家では最多だったオバマ前大統領の1000万フォロワーに比べ、トランプは5600万。さらにトランプの発信には次から次にニュースになる「役者」やスキャンダルがそろう。彼が登場したテレビ番組で人気を得た決め台詞「君はクビだ! (You’re Fired!) 」さながらのホワイトハウスでのクビのすげかえや最高裁判事の人事など、日に10~12通以上も発信するツイート、増幅するリツイートはさらに多く、メディアも無視できない。そして彼が発するツイートのキーワードを調べると、「フェイクニュース」「CNN」「NYT」と、圧倒的にメディア攻撃の言葉が並ぶ。

 

☆メディアの反撃のチャンス

「フェイクニュースだ」とするトランプに、新聞も反撃は試みている。昨年8月16日にボストン・グローブ社の提唱で、全米の新聞・ラジオ局など450社が一斉に「ジャーナリストは敵でない」との趣旨の社説を掲載、NYTは「民主主義の生命線への危機」と訴えた。が、残念ながら一時的な行動にとどまっている。

また、ホワイトハウスの会見でトランプに食い下がって質問をしたCNN記者の記者証を取り上げた事件では、ホワイトハウスの記者会が裁判所へレターを送ってサポート、連邦地裁がホワイトハウスの処分に根拠が不明との判断を下した一幕はあった。

そしてテレビ界でも、これまでの自局の番組宣伝CMにかえて、ジャーナリズムが何をやっているか、を訴えるものが出ている。ニューヨークのローカルケーブル局・NY1は市長担当記者が「税金を払っているから、市長の一挙手一投足を監視する」と訴え、MSBCも政治・社会から戦場記者までの仕事ぶりをアピール、ジャーナリズムは敵ではない、とする宣伝も繰り返している。

 

☆AIの可能性 試み

そんな状況のなかで米国メディアは、「より多くのニュースを、より速く、正確に」発信するためにAIを活用する試みを進めている。

昨年9月終わりにパリに本部をおくGlobal Editor Networkが主催して通信社であるAP、ロイターや新聞のWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)などの実践を見て回る「AI スタディー ツアー」に参加した見聞が披露された。            

APは、マーケット、企業決算、スポーツといった分野を対象にしたロボット記者の試みを進めている。テンプレートへ新たなデータを入力すると、ロボットが過去のデータを蓄積したデータベースを自動的に検索・パターン化した記事を作成する。決算記事の一報づくりが、その一例。人間である記者が、過去のデータを苦労して検索・照合、「何期ぶり……」などと書いていた記事がアッという間に仕上がる。発信記事本数は10倍以上になっているという。自身が10年前に共同通信の経済部の特派員として決算短信づくりに苦労していた経験から「10年前にあって欲しかった」。記者はその余裕で、発表を聞き,分析した差し替えの記事が書けるし、データを間違える率も低下しているという。

ロイターでは、「トレーサー(TRACER)」というロボットを開発していた。1日に7億といわれるツイッターの情報を収集・分析してニュースを判断、そのデータから事件や騒ぎなどを覚知して、記事化する。公的ツイートとの照合などから記事の信頼度の判定までがスコア表示されるのだという。

「警察回りの記者時代に警察へ1日に200回も警戒電話をかけ続けた経験に照らして、なんと事件警戒の負担が楽なことか」と津山さん。

こんなケースを紹介した————。2016年の日本の熊本地震では、発生から5分後にはトレーサーが記事を作り、確認をした上で9分後にはリリース。また2017年5月、イギリスのマンチェスター・アリーナで発生した自爆テロ事件ではなんと17分後には記事にできた、という。記者がいないような事件現場、遠隔地での出来事までキャッチして、スピードは格段に速い、と。

 

☆AIの次にやってくる難題 「ディープ・フェイク」

話は変わって新聞社、WSJ。1995年のオンラインサイト開設時から有料化していて、編集局もデジタル・ファースト。いまどのようなコンテンツが読まれているかが、リアルタイムで整理本部の壁面の画面に表示されている。

そのWSJでは、APやロイターで進むAI化の技術的な明るい面とは反対の暗黒面への戦いにタスクフォースを組んで取り組んでいた。敵はフェイクニュースを超えた「ディープ・フェイク」だという。

先の2016年大統領選挙はフェイクニュースに歪められたが、それは確実に増え巧妙化していく。次20年の大統領選までに、それへの対抗しなければ、民主主義が危ういとの危機感からだ。16年大統領選挙でハッキングされたものを分析すると、怒りや不安を煽るニセ広告や記事が、真実を伝えた記事に比べて70%もリツイートされる傾向がみえた。

「ディープ・フェイク」は例えば、発信された映像が、デジタルツールの進展で、例えば人物の映像を瞬時にすり替えたり、音声を容易に変えることができる。これらを見極め、告発することが欠かせなくなるかもしれない、と。

タスクフォースには、社内の倫理委員会、編集局、技術陣が加わり、社外のエンジニアリングに優れた複数の大学と提携し、記者教育を実施している。

フェイクに対処するには、伝統的な生身の記者が「疑ってかかる」ことがますます重要になる。徹底してソースに当たる。Google Mapなどネットを利用してデータを確認する。あやしい映像は、フレームごとに人物の瞬きやボケに注目して真偽を見極める、などということが必要になるのだ、という。

 

☆「ロボットができない知恵を、どう生みだしていくかが勝負どころ」

そして、まとめとして津山さんは、「過去、伝統的なメディアは、その時代ごとに、活字を生み、伝書鳩を飛ばせ、さまざまな先進的なテクノロジーを取り込んで歴史的にてやってきた。『AIが人間の仕事を奪うのではないか』という後ろ向きの発想でなく、トランプにあるいは政府に踏みつぶされる前に、AIという新しい技術を取り込んで、ロボットが記事を書いていてくれる時間に、ロボットができない知恵をどう生みだしていくかが勝負どころ」と述べ、ビッグ・データを使った企画であるとか、ロボットにはできない生身の人間の切り口でより良い記事を書いていくという、ポジティブなとらえどころが必要だ、と訴えた。

高原 安(元朝日新聞記者)

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