マレーシアは変わるのか?

 2018年5月9日、マレーシアでの第14回総選挙の結果、野党連合の希望同盟が政権を奪取して2か月ほどが経過した。15年ぶりに首相の座に返り咲いたマハティール氏は、選挙期間中の選挙公約を徐々にではあるが実行に移している。歩みは遅いものの、マレーシア政治と社会は改革の道を進んでいることはたしかである。そこには過去10年ほどの間にマレーシアの市民社会が築き上げてきた市民の声の後押しがあった。

2000年代からの変化
 ではマレーシアでは何が起こってきたのか。変化の兆しはすでに2008年第12回総選挙で顕著になっていた。同年3月8日に実施された総選挙では、アブドラ首相率いる与党・国民戦線は下院で過半数の議席を確保したものの、憲法改正に必要な3分の2を約40年ぶりに下回った。この選挙は「津波選挙」とも称された。そこで明らかになったのは、マレー人優遇策であるブミプトラ政策に対する華人やインド系など非マレー系住民の不満の高まりであった。
 2011年7月からは、「クリーンで公正な選挙を求める連合」によるデモ、いわゆるBersih 2.0が起こった。その背景には、国民戦線政権のバラマキ型財政政策および統一マレー国民組織をはじめとした国民戦線の政治と金をめぐる黒い疑惑への反発があった。オンライン上および都市部を中心としてデモ運動が広がったことを受けて、ナジブ政権は、行政刷新計画として汚職撲滅と贈収賄防止を謳い、同時に国内治安維持法を廃止し出版法を改正するなど、政治空間を一部自由化した。
 国民の政治に対する関心の高まりは、2013年5月第13回総選挙で登録有権者の約85%が投票し、史上最高の投票率を記録したことにも表れた。結果的には、下院222議席のうち国民戦線が133議席を獲得し、野党人民連盟は89議席にとどまった。ところが、人民連盟が50.87%の票を得たのに対し、国民戦線の得票率は47.38%と、野党連合が得票率で3%以上与党連合を上回っていたのである。

2018年総選挙
 そして2018年5月の第14回総選挙である。戦前の予想では、2017年以降の好調な経済状況が与党に有利な材料とみられていた。ところが、2015年に明らかになった政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)をめぐる汚職疑惑に端を発する与党への不信感から、国民戦線の主要支持層であるマレー系有権者による与党離れが予想以上の影響を与えた。同時に、野党連合はマハティールを首相候補と掲げ、希望同盟として再編して選挙に臨んだ。さらに選挙直前にマハティールが、軍・警察関係者をはじめとする公務員に対して自由投票を呼びかけたことも奏功した。
 要するに、2000年代後半から都市中間層や若年層を軸に、政治的自由化、長期政権と既得権益の打破による公正な社会の実現、環境保護が選挙政治の論点となっていたのである。それは、安定と開発政策の実績という国民戦線政府が掲げてきた従来型の政治運営の転換を求める声でもあった。
 選挙で敗北後、国民戦線は急速に解体している。6月23日にはマレーシア人民運動党(支持基盤は華人)が離脱、24日にはサバ、サラワクに基盤を置く4つの地方政党が国民戦線から離脱しサラワク政党連合を結成した。統一マレー国民組織からも3名の国会議員が離党した。この結果、国民戦線の議席は79議席から54議席へと減少したことになる。

マハティール政権の取り組み
 マハティール政権は何を目指しているのか。すでに首相就任時からマハティールは、2年以内にアヌワール元副首相への権力禅譲を公言している。その背景には、自身が93歳という高齢、野党連合の実質的なリーダーはアヌワールという事実がある。実際、組閣にあたっては副首相にアヌワールの妻ワン・アジサが就任し、アンワルは5月16日に国王の恩赦を受け釈放され、来年には政治の世界に返り咲くと噂されている。
 就任から3か月弱、マハティール政権は選挙公約の実現に着手している。6月には2015年に導入された6%の消費税を廃止、中国プロジェクトとして進んでいた高速鉄道計画の中止、7月に入ると1MDB疑惑でナジブ前首相とその妻を起訴、2012年に制定された治安維持(特別措置)法の停止、電気自動車による新たな国民車計画の策定などである。

マレーシアは変わるのか?
 では新政権の誕生でマレーシアは変わるか。確かにマハティール政権はクリーンな政府と政治の実現に着手した。しかし、政権が経済政策、財政再建に優先順位を置いていることから、経済のための政治という従来型の政治との決別は見られない。新しい政治主導に行政がどこまで対応できるかも未知数である。
 また民族は政治的に敏感な課題であり続けている。前政権まではマレー人を優先し、華人系、インド系とのバランスの上に成立していた。アヌワール率いる人民正義党が奇しくも全民族が公平に参加できるリベラルな
 社会経済制度の構築を目指してきたように、マレーシアでは民族間格差と不満がくすぶっている。民族問題を超越した「マレーシア国民」が想像・構築できるのか。
 市民の厳しい監視の下、マレーシアが政治的に成熟した民主的な社会に変貌するための難題は山積している。
山本信人(慶應義塾大学法学部教授)

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