シリーズ 客船で世界を旅してみた~その10~

 母の92歳の誕生日を祝って5月、瀬戸内海をクルーズしました。誕生日前日の5月17日、家族4人で尾道のマリーナから3200トンの客船「ガンツウ」に乗りました。地元では青色の小さなカニを「ガンツウ」と呼んでいます。それが船名になりました。屋形船を大きくしたような形をしていて、客室19定員38名の海に浮かぶちいさな宿です。電動で海の上を滑るように走り、ほとんど揺れません。今回は、宮島沖と大三島沖で船中泊する2泊3日の旅を選びました。刻一刻と表情を変える瀬戸内海の美しい風景は、世界中の旅人を魅了することでしょう。地中海やカリブ海のように、瀬戸内海でも本格的なクルーズ時代の幕開けを感じました。さて地球一周の船旅に戻ります。

~アイスランド~

 2017年6月9日朝、世界最北の首都・アイスランドのレイキャビクに着きました。アイスランドは、火山や滝が多く地熱発電や水力発電で電力の100%を補う再生可能エネルギーの先進国です。2008年に金融危機に陥りましたが、その後経済は回復し、今や国の人口34万人の6倍に当たる220万人が世界中から押し寄せる人気の観光地です。湧水で澄んだ火口湖に始まって、勢いよく吹き出す間欠泉、「黄金の滝」という呼び名のグトルフォスの滝、北米大陸プレートとユーラシアプレートの境目・地球の割れ目がある世界遺産・シンクヴェトリル国立公園と観光名所を立て続けに訪れました。

 ヨーロッパの美しい街並みにいささか食傷気味だった私にとって、アイスランドの雄大な自然はとても新鮮でした。地元ガイドによるとアイスランドは国土が毎年2センチずつ大きくなっているといいます。いずれ大陸になりますよと真顔で話していました。アイスランドは世界で最も平和で安全な国とも言われています。軍隊はなく警察官も拳銃を持ち歩きません。スーパーに買い物に行くとお母さんは入口にベビーカーを置いて中に入ります。買い物を済ませて出て行くと誰かが子供をあやしてくれている。そんな国でもあります。

 ガイドによると子供たちは6歳からデンマーク語、8歳から英語、12歳からドイツ語かフランス語が必修で、16歳からは新たな言語を選択して学びます。昔はスペイン語を選ぶ子供が多かったそうですが、最近は中国語が人気だといいます。国内はもちろん海外の大学に進学しても国が費用を出してくれるそうですが、ここでも中国の大学を選ぶ学生が多いと聞きました。

~北極圏到達~

 6月10日午前8時55分、アイスランド沖を北上していた船は、北極圏に到達しました。左舷遠く彼方の水平線、横一線に伸びる白い流氷群がうっすらと見えました。北極圏は、北緯66度33分以北の地域で、真夏(夏至)には太陽が沈みません。これを白夜といいます。一方、真冬(冬至)には太陽が昇りません。こちらは極夜といいます。

 船はゆっくりと流氷群に近づいていきました。これ以上は危険という地点で停船し、救命ボートを下ろしました。流氷を採取するのです。防寒衣の船員8人が乗ったボートは、慎重に流氷群の中に入り、浮いている氷の塊を集めました。流氷は思ったほど大きくありません。様々な形をしていて宝石のように淡いブルーに輝いているものもありました。船は方向を変え、今度は右舷に流氷群を見ながらグリーンランド沖を徐々に南下していきました。

~流氷を味わう~

 6月11日、船はグリーンランド沖を南下中です。昨日採取した流氷が船内で売り出されました。ドリンクに入れると50円プラス、氷だけだと100円、年代物(?)にしては格安です。早速8階にあるバーで味わうことにしました。ウイスキーのオンザロックを注文、流氷の欠片が3つ入っていました。アイス・ピックで荒々しく削られた欠片を食い入るように見つめました。

 店内のライトに乱反射して鉱石のようにも見えます。透明度はそんなに高くありません。中に小さな気泡が沢山閉じ込められていました。いったいいつの時代の空気なのでしょうか。氷が溶ける時にその空気が解き放たれ、音がすると聞いたことがあります。じっと耳を澄ましてみましたが何も聴こえませんでした。流氷の欠片を口に含んでみました。かすかに甘味があるように感じました。カラカス市民オーケストラの弦楽五重奏を聴きながら口の中で溶けていく流氷をじっくりと味わいました。

 夜7時前、船はグリーランド最南端のフェアウェル岬手前付近で氷山と次々と遭遇しました。急いで暖かい服装に着替えてデッキに出ました。海は荒れ肌を指す冷たい風が吹いていました。霧で霞んで遠くは見えません。小型船位の大きさの氷山が近づいてきました。夢中でカメラに収めました。“氷山の一角”と言われるように、海面に出ているのはほんの一部なのでしょう。タイタニック号の悲劇が一瞬頭をよぎりました。次はバミューダ諸島です。

山形良樹(元NHK記者)

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