2017秋~ソウル旅行記

10月23日朝、台風21号の過ぎ去った成田空港を定刻に出発し、仁川に着く。穏やかな秋晴れは、韓国を取り巻く情勢とは対照的であった。北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返し、朝鮮半島の緊張が続いている。慰安婦合意や徴用工問題などをめぐり、日韓関係は冷え込んだままだ。文在寅政権は、外交・安保に加え、雇用創出や財閥改革などの難問を抱えている。朴槿恵大統領の弾劾を求めたローソク集会から1年。韓国の「今」をつぶさに見たいと思い立ち、旧知と再会する2泊3日のソウル旅行だった。
仁川からはAREX(空港エクスプレス鉄道)に乗車し、ソウル市内へ向った。車内最前列には「聯合ニュースTV」のモニター画面があった。「再び安倍氏勝利・・・韓日関係で当分変化なし」「慰安婦資料、ユネスコ無形文化遺産で初審理へ」などと日本語で伝えていた。ニュースの合間はPRビデオとなる。平昌冬季オリンピックのPRに続き、竹島(韓国でいう独島)の白黒写真が映った。201703a「独島はずっと韓国領」「独島は韓国の主権回復の象徴」などと英語のメッセージが続く。日本の政治・経済への関心は相変わらず高い。竹島・慰安婦問題では、一貫して変わらぬ「韓国」の立場がひしひしと伝わってくる。揺れ続ける内外情勢に、韓国も変わっているはずなどと考えるうちに、43分でソウル駅に着く。繁華街、明洞にあるホテルにチェックインし、ソウルの「今」を見にすぐ街へ出た。
外国人観光客の動向は、その国の対外関係を反映する。ホテルに近いデパートの免税フロアに行くと…何かが違う。韓国の終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備をめぐって、中国との関係が急速に悪化し、中国人団体客が激減していた。2016年の訪韓中国人は800万人を超えたが、今年は8月までで50%近く減ったという。トランプ大統領のアジア歴訪を控えた31日、中韓両政府が関係改善で合意したと発表したものの、中国からの観光客が戻るかどうかは不透明だ。反日・嫌韓の連鎖で大幅に減った日本人はどうか。不安定な半島情勢もあって、韓国を訪れる日本人は足踏み状態だ。とはいえ、訪韓する外国人が減る中、日本人は相対的に目立つ。翌朝、明洞にある「粥」の店に行くと、午前8時ですでに満席。見回せばほぼ日本人で、店を出る頃には10人以上の日本人が列を作っていた。夜の明洞は、目抜き通りに露店が揃い、さながらお祭りのよう。定番のトッポギやおでんなどのほか、ロブスターのチーズローストやビーフステーキも登場し、1000円から2000円で売られている。まさに観光客目当てだ。201703経済格差に苦悩する店主が単価の高い商品で収入増を図ろうという思惑も垣間見える。日本と並んで観光に力を入れる韓国は、2016年から「Visit Korea」と名付けたキャンペーンを展開し、観光客の誘致に懸命だ。ソウルの観光スポットの一つ、景福宮の光化門には、世界の観光客が訪れる。長髪の若者に声をかけると、スペインから来たという。「明日日本に行くよ。渋谷に行ったらスクランブル交差点を見たい」と言い残して去っていった。
街並みからは察せない人々の内面には、どんな変化が生まれているのか。韓国社会を見つめ続ける大学助教授との再会が楽しみだった。初日の午後6時に落ち合い、カンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)を肴にマッコリを酌み交わした。この1年の韓国の内政、半島情勢、日韓関係などで話は尽きず、5時間半も語り合った。朴槿恵前大統領の退陣、そして弾劾を求めたローソク集会は合わせて20回、延べ1600万人が参加したという。「集会に参加した市民は今、何を考えているのだろうか」と問いかける私。「集会は、朴前大統領、財閥に象徴される『保守』との闘いだった。けが人も出ない平和的な民主主義運動として世界が評価している。道はなお半ば、ローソク集会は出発点にすぎない」と助教授。北朝鮮への対応では、「韓米同盟を配慮し、THAADの配備を認めた文在寅大統領も強く批判されている。デモに参加した市民は、『政治は国民が動かす』との共通認識がある」とも言う。日本で見つめた韓国の1年は、葛藤と混乱の側面も見て取れるが、助教授の言う「韓国の民主主義」をキーワードに再考すれば、一連の動きに筋も立つ。変化を求めた人々が今後の韓国をどう変えていこうというのか。見過ごせないと思った。翌日は、2年にわたって勤務したKBSワールド日本語班を訪ねた。懐かしい面々が暖かく迎えてくれた。昼食を取りながらの会話は弾み、「パッションはぶ様(ニックネーム)の時もそうだけど、この1年はもっと大変だった」と吐露するチーフ。KBSの日本語ニュースの公平性を話題にすると、「いろいろ『注文』もあって、裏では苦労しているのよ」と続いた。その本音に触れ、エスノセントリズムの克服、真実を伝える難しさに苦悩しつつ、ニュース国際発信の在りようと意味を見つめ続けた、校閲委員の日々が甦ってきた。
KBSからの帰路、地下鉄車内でスマホ片手の若者に、前日夜更けまで続いた助教授との会話の一コマを思い起こした。日本の現代社会についての授業中、普段反感を持つ学生も日本の「今」に強い関心を示し、真正面から向き合う学生が多いという。今年10月までに日本を訪れた訪日韓国人は580万人余り。若者も多く、伸び率は40%と最も高い。これを評して、助教授は「韓国の若者は日本が好きなんだと思う」と言う。韓国社会の変化を実感する一言だった。その変化を捉え、「今」をどう伝えるのか。メディアの役割を改めて思う2泊3日のソウル旅行となった。
羽太 宣博(元NHK記者)

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