地震は予知出来る ~発生前1週間への挑戦~

2011年の東日本大震災後、東海、東南海、南海地震という海溝型地震の襲来が注目されていた中、断層型地震の熊本地震がほとんど予測されていなかったにもかかわらず発生した。関東直下型地震も喫緊の課題として、その地震予知への国民からの期待が高まる一方で、依然として地震予知不可能論が根強いのも現実だ。そこで、拙稿では、「地震は予知できる」という立場に立って、短期予知、地震予知学、地震予知の可能性を紹介し、最後に地震予測情報を活用した危機管理などの将来の方向性を提案する。

1.地震の短期予知とは
地震予知は、その時間スケールにより長期(100年以上)、中期(数10年)及び短期(数週間~1ヶ月)に分類される。私たち“地震予知学”に携わる研究者が興味あるのは「短期予知」だけである。即ち、地震の前に「いつ、どこで、どれ位の規模(マグニチュード)」の地震が起こるのかを決めることである。しかも、これら三要素をそれなりの精度で決めなければならず、もともとすこぶる難しい仕事である。この短期予知で最も強調したいことは、予知により人命を救うことが出来るということだ。
読者は永らく「地震予知はできない」と聞かされている。いわゆる「地震予知不可能論」だ。2011年東日本大震災後、2013年にも国は改めて「地震は予知できない」と社会に宣言し、新聞紙上で大きく取り上げられたことを皆様は記憶されていよう。これは“地震学”の手法では短期予知は困難であるという結論であると理解すべきだ。
因みに、長、中期予測(予知は適切でなく、予測という)は過去の事例に基づく確率予測で、「南関東ではここ30年でマグニチュード7クラスの地震が起こる確率が70%」という予測をよく耳にされていると思う。都市計画や地震保険料の設定などにおいてそれなりの意味はあろう。しかし、あくまで確率であり、来週地震が来るのか否かはわからないと言える。例えば、今回の熊本直下型地震も国の地震調査推進本部が発表しているその地域での中期予測では1%程度だったが、実際には地震は起こってしまったのだ。従って、国民誰もが「日本中どこでも地震は起こる」を念頭におくことが重要であり、この考えが災害軽減のための防災では基本だと言える。

2.地震予知学とは
実用的な「短期予知」では地震の“短期的前兆現象”を捉えなければならない。これに対し、地震学は過去の地震を調べ地震のメカニズムを調べる学問である。実は地震観測は短期予知には不向きであると言える。なぜなら、地震計では起きてしまった地震の情報しか得られないからだ。
ここに地震の前に地下(断層帯)でなにが起こっているのかを簡単に説明しよう。割り箸をゆっくり折り曲げ続けてみよう。「ゆっくり」がポイントで、長年にわたり地震震源周辺でストレスが蓄積されることを想定し、破壊の前にパチッパチッというひび(クラック)が発生し、更にストレスが加わり破壊(地震)に至る。そのひび割れの時に、そのメカニズムは未解明でも、プラスとマイナスの電荷が発生し、直流なら巨大な乾電池が、交流なら小さなアンテナが多数発生すると考えられる。この震源域での電池あるいはアンテナの生成により、いろいろな電磁気現象が発生する。さらに、このひび割れは幸いにも地震の約1週間前であることは私たちには好都合である。地震学での「地震破壊核の形成」という発生メカニズムが解明されなくても、「短期予知」は可能である。
すでに否定しがたい短期前兆は電磁気現象だけでなく、ラドン、電気を帯びたガスの放出などあり、全て“非地震学”パラメータである。そのため、地震予知学に従事する研究者は、私のような電気/電子工学者、超高層物理学、プラズマ物理学、物理学の出身者がほとんどだ。同じ地震と言う言葉がついているにもかかわらず、地震予知学と地震学は全く別のものだと言える。

3.電磁気的短期前兆
地震の前に現れる前兆現象には二種類ある。一つは震源から直接的に放射される電磁ノイズで、いろいろな周波数で発生する。もう一つは人工的な電波の伝搬異常を引き起こす大気や電離層の乱れである。前者は、割りばしのパチッパチッによる発電メカニズムにより震源から電磁ノイズが発せられるもので納得しやすい。他方、後者は地下数10キロメートルで震源での何らかの原因により、高度100キロメートルにある電離層まで影響を与えるということで、当初はなかなか理解しがたいことであった。私たちが1995年の神戸地震の時に明瞭なVLF(周波数10kHz前後)送信局伝搬異常を見出した時も、電離層内での種々の現象を研究していた私たちにとっても、にわかには信じがたいものだった。すでに多数の電磁気前兆が世界各国から報告されているが、その前兆現象が長期的データに基づいて地震と明瞭な因果関係があるかが、実用的地震予知につながるか否かの最大の課題である。

4.地震予知は可能か
実は2010年前後には、地震前兆現象のうち地震との統計的因果関係が確立しているものが報告され始めた。一番はっきりしているのは電離層の乱れで、上空の電離層が地震の前兆として最も敏感であることは特筆すべきことだ。人工的VLF電波による電離層(下部)の乱れが10年程度の観測データに基づいて地震(とりわけ、マグニチュード5以上の、浅い)との統計的因果関係があることを私たちは発表している。電離層の上部(F層、高度300キロメートル)の乱れについても、台湾のグループが10年程度のデータに基づいて両者の因果関係を検証している。これらの因果関係の確立は実用的短期予知に大きく前進するのだ。勿論、どうして地圏での効果が上層大気まで影響するかという地圏・大気圏・電離層結合という科学的メカニズムは充分には解明されていないが、この原因は前に述べた地下でのひび割れに関係していることは間違いないことだ。

5.最近の社会的変化
私は1995年の神戸地震以来短期予知の重要性を訴える講演を続け、とりわけ2011年東日本大震災以降も、もの凄い数の講演会やテレビ出演も含めたいろいろなメディアを通して啓発活動を続けている。地震予知の重要性への理解が社会一般にここ1~2年で著しく浸透してきたと感じている。
地震予知学という学問の世界的な飛躍的進展も踏まえ、また2013年の国の「地震予知不可能」宣言を考慮し、2014年に一般社団法人「日本地震予知学会」を設立した。この学会では、先行現象(前兆)を集中的に学術的に議論する場として仲間とともに設立した。驚いたことに、法人会員として16社にも及ぶ会社に応援していただき、民間からの期待の高さを感じている次第だ。
更に、地震予知への民間会社の参入については、私事をお話しすることが良いかと思う。私は定年後の2010年に最初の地震予測情報を配信する民間会社「地震解析ラボ」を設立した。同ラボを辞し、2016年(株)早川地震電磁気研究所が主体となって更に進化した地震予知事業を再度立ち上げた(ウェブサイト「予知するアンテナ」)。このような民間会社に対して一部批判がある事は重々承知しているが、この設立理由は明確である。国は予知は出来ないとの立場で、国からの予知研究の予算獲得が期待できないため、国民の皆さんからのご支援をいただくしかなく、これにより学問の継続も可能になるのだ。更に複数の民間会社がこの分野に参入してきたことは望ましい方向だと思う。地震予知は、本来社会と密着した実学なので、科学者と連携した民間活動は当然考えられるべき事で、歓迎すべきだと考える。

6.地震予知学の将来
以下には地震予知について提言をしたい。

(1) 私は前述したように民間第一号となるベンチャーを設立し配信事業を行ってきたが、その限界を強く感じるようになってきた。そこで提案したいのは、地域毎にその地域専用の観測ネットワークを設立することである。その一例として、わたしたちの直近の活動を紹介しよう。ここ1年で(株)早川地震電磁気研究所が中心となり、関東直下型地震だけを狙う観測ネットワークを構築している。いろいろな周波数での電波観測の複合的なシステムを駆使するもので、科学的メカニズムの解明にもつながり、研究的にすこぶる興味深いものである。ひいては予知精度の向上に大きく貢献することが期待できる。ソフトウェア開発会社(株)テンダとの共同事業として立ち上げたウェブサイト「予知するアンテナ」(https://yochisuru-antenna.jp/)を是非一度ご覧いただきたい。原則週2回の配信で、緊急時には警告を出す。予知情報は月額500円(税抜き)で提供している。

(2) 第2の問題点は、従来の地震予知情報配信は一方的であるため、受け手側がその予測に如何に対応するかに苦慮することであった。そこで、(1)防災、(2)予知、(3)迅速な発災後処理を三位一体化することが必要だ。従来のBCP(事業継続計画)では(2)の予知が欠落していたが、かなりの精度にて予知情報配信が可能になった現在では、法人、企業にとって予知情報とそのソリューションも融合した事業が求められている。即ち、予測情報がある時のBCPを新たに考える段階に入ったと言える。幸いな事に地震の1週間前には予測が出せるため、この1週間に集中し地震までのタイムラインで何を順次備えるかと言う革新的BCP マニュアルを開発する時期にきているのではないだろうか。当然のことながら、このマニュアルには発災後の迅速な災害事後処理が含まれているのは言うまでもない。もともと危機管理は最悪の事態を想定して行うもので、よしんば地震が来なくても「来なくてよかったね」というリテラシーにすべきである。地震は自然現象で、どんなに精度向上をはかっても予測確率100%はありえず、外れを許容した地震予知でよいのではないだろうか。私の近著「直下型大地震 誰でも予知はできる 生き残るための戦略」(OROCO Planning社)では、災害リスクマネジメントについても詳しく書いている。一読されることをお勧めする。
早川正士(電気通信大学名誉教授)

参考文献
(1) M. Hayakawa 「Earthquake Prediction with Radio Techniques」
John Wiley & Sons (USA) 2015
(2) 早川正士「地震は予知できる」産経デジタル 2016年5月17日掲載
(3) 早川正士「直下型大地震 誰でも予知はできる 生き残るための戦略」
OROCO Planning社 2016年9月末 出版

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