ロケ地として再び脚光を浴びる「映画のまち」尾道

 私の郷里・広島県尾道市は、「映画のまち」として知られています。日本映画の数々の名作のロケ地になって来たからです。今年、没後60年を迎える名匠・小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)と「尾道三部作」に代表される尾道出身の大林宣彦監督による一連の作品(主に1980年から90年代)が「映画のまち」のイメージを定着させました。

 世界的な名作とされる「東京物語」は、尾道で暮らす老夫婦が、東京にいる子供たちを訪ねて行く旅を通して家族の関係のありようや老いや死に向き合う姿を静かなタッチで描いていて国内外で高く評価されています。

 大林監督(2020年4月、82歳で死去)の尾道三部作のひとつ「転校生」は、幼な馴染みの中学生の男女が、神社の石段をもつれ合うように転げ落ちた末、人格が入れ替わり、異性の身体を持つことで、「男らしさ」や「女らしさ」といった社会規範のジェンダー論的な不条理を知っていく物語です。

映像の魔術師と称された大林監督は、私の小中高校の12年先輩で実家も近く、幼い頃遊びに行った記憶があり、東京で開かれた高校の同窓会でお会いしたこともあります。東京の映画館で「転校生」を初めて観た時、故郷尾道の幼いころからの変わらぬ風景が次々と映し出され胸が熱くなりました。

「転校生」のロケ地・御袖天満宮

 大林監督は、「尾道三部作」の後も「ふたり」「あした」など尾道を舞台にした映画を積極的に撮り続け、多くのファンが尾道を訪れる契機となりました。尾道を愛してやまない大林監督でしたが、その後、尾道の時が止まったような町並みが開発により変貌していく姿を見て、尾道で撮ることを止めました。結局、約20年ぶりに尾道で撮った「海辺の映画館―キネマの玉手箱」(2020年)が、肺がんで余命宣告を受けた後に企画した最後の作品になりました。

 大林監督が尾道から遠ざかっている間、尾道は、NHKの朝ドラ「てっぱん」(2010年)やテレビドラマ「Nのために」(2012年TBS)の舞台になったり、旅番組で取り上げられたりしましたが、映画のロケ地としては影が薄くなっていました。

 それが、近年、再び映画のロケ地として脚光を浴びるようになりました。2021年から3年連続で尾道を舞台にした映画が公開されているのです。

 2021年は、1970年代の尾道を背景に2人の青年の情愛を繊細な官能美で描いた「逆光」が封切られました。若手俳優の須藤蓮が初監督・主演を務め、NHKの朝ドラ「カーネーション」などで知られる渡辺あやが脚本を手がけた自主映画でした。

 続いて2022年は、アイドルグループ乃木坂46の久保史緒里が映画初出演で初主演を務めた「左様なら今晩は」(高橋名月監督)が公開されました。「サブスク彼女」などで知られる漫画家・山本中学のコミックを実写映画化した作品です。恋に不器用なサラリーマンと、彼の部屋に突如現れた幽霊(久保史緒里)との共同生活を描くラブコメディで、尾道のお好み焼き屋や居酒屋、衣料品店など私にとって見慣れた風景が数多く取り込まれていました。

「東京物語」のロケ地・浄土寺

 そして2023年は「高野(たかの)豆腐店の春」が8月18日から全国公開されました。この作品は、尾道市街地の豆腐店を舞台に、職人気質で愚直な父(藤竜也)と明るく気立てのいい娘(麻生久美子)との和やかな日常と、それぞれの新しい出会いを穏やかな瀬戸内の風景とともに描いており、小津監督の「東京物語」に出てきた浄土寺もロケ地になっていました。8月19日には、シネマ尾道で上映後に三原光尋監督の舞台挨拶とサイン会があると聞き、丁度尾道に帰省していたので観に行きました。あいさつに立った三原監督は、「尾道の風景、街の匂い、風や日差しなど、あらゆるものが映画をつくる力になり、歩いているだけでイメージが湧いてきました。」と尾道への感謝の気持ちをしきりに口にしていました。

 尾道市の映画関係者は「このところ尾道が立て続けにロケ地に選ばれるのは、若手監督たちが口コミで映画の舞台としての尾道の魅力を伝えてくれているからだと思う。そしてなによりも長年尾道を撮り続けた大林監督の功績が大きい」と話していました。

 この夏、私の帰省中、尾道では、人気漫画を映画化した「アフロ田中」で長編映画初監督を果たした松尾大悟さんの新作映画の撮影が行われていて、映画に無償で出演するボランティアエキストラを募集していました。この映画の詳細はまだ明らかになっていませんが、大林監督の影響を受けた作品になるという話もあり、大林ファンの私は今からワクワクしています。

山形良樹(元NHK記者)

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