これは、始まりにすぎない~2つの論文が描きだすパンデミックの姿~

 「次に世界を覆う致命的なパンデミックは、我々がこれまでに承知している(SARSなどによる)いかなる恐怖とも似ても似つかぬものとなるかもしれない。」(アメリカ科学誌「Science Alert」2018年 5月14日号)。
 今(2020年4月)からほぼ2年前、アメリカ ジョンズ・ホプキンス大学のアメダ・アダルジャ博士ら世界の学者、政治家、行政官 そして 技術者ら120人のエキスパートが、 ほぼ一年かけてこれまでに世界を襲ったパンデミックを調査・実証し、迫り来る次のパンデミックは何かとして論文にまとめた。
 論文は「ウィルスには未だ名がなく、何処で始まるかもわからない。ウィルスはヒトが呼吸する空気を伝って感染を広げてゆく。症状は軽く、感染に気づく人は少ない。しかし、気づいた時には、最早、抑え込む事は難しく、やがて死者も膨大となり、恐怖が社会不安を広げ、人間文明をも変えてしまうかもしれない。」と述べていた。
 発表当時、論文はほとんど注目されなかった。だが、今や「新型コロナウィルス」と名がついて、感染者は、同じジョンズ・ホプキンス大学のデータによれば、先月末現在、世界で84万人、死者3万9000人に達した。中国・武漢市で発生が確認されてから3ヶ月余り、収まるどころか終息の見通しもつかない状況となっている。
 そして、論文が予想する社会不安も世界中に広がりだした。特に、株式市場では、先ず、上昇一方だったニューヨーク・ダウが2月末”突如”大暴落、2月最後の週で30%凡そ3600ドルも落ちた。ニューヨークでは、リーマンショックよりはるか前、1929年に発生した大暴落とその後大不況を連想する投資家もいた。今とは違って政治・経済制度に関するセーフティネットが整っていなかったとはいえ、大暴落から10年、不況が続き、世界は、やがて 第二次大戦へと進む。
 さて、ここで、矢張り全く無視された2019年8月30日公表の経済論文を改めて紹介したい。(message-at-pen.com 2019年10月号 津波は近ずいているのか? を参照)
 タイトルは「金融リスクと日本経済」。注目されるのは、「アメリカの金融リスクは、今年(2019年)の終わりか、来年(2020年)にかけて破裂する」という下りだ。
 論文は、経済学者の吉川洋氏と元日銀副総裁、現日興リサーチセンターの山口廣秀氏がまとめて、昨年8月30日公表した。特に、リーマンショックから今日まで10年余り、アメリカを初め主要な国の中央銀行が不況対策として巨額の資金を市場に供給、今やそれが実需を遥に超えて、株・不動産を中心にバブルが発生、いつ崩壊があってもおかしくないという指摘だった。そして、論文公表から間もなく開かれた山口氏を囲む勉強会の議論の中心は、「バブル崩壊の引き金・トリガーは誰が引くのか?」だった。
 「トリガーは新型コロナ!」という確信が広がったのは今年2月下旬 、世界で株価大暴落が出現した時だった。得体のしれないウィルスが市場に疑心暗鬼を生んだ。
 吉川・山口論文はバブル崩壊がやがて金融崩壊につながってゆくという指摘をしている。既に、多くの企業が休業、倒産に追い込まれ、銀行はそうした企業の不良資産を抱えこみつつある。特に、本来なら倒産していた筈の”ゾンビ”企業に巨額の余剰資金を投資していた銀行の経営不安から金融危機が始まる。
 今回の二つの論文が持つ意味を合わせると、ウィルスの終息は見通せず、経済危機など社会不安ははじまったばかりという事かもしれない。
 さて、今なお読みつがれる古典の経済書がある。「大暴落 1929」(J.K ガルブレイス著)だ。初版 1955年、再販1997年、再々版2018年。ガルブレイスはハーバード大の経済学教授。1977年の再販まえがきに 「この本が増刷され、書店に並ぶと株価暴落など何かが起こる。好景気が一転して深刻な不況があった時の事を皆が知りたがるからだろう。」と述べて2006年この世を去った。
陸井 叡(叡office)

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