♢「15秒で死ぬ」──都市伝説のタワーへ
南アフリカ・ヨハネスブルクで最も有名な建築のひとつに、ポンテ・シティ・アパートメント、通称「ポンテタワー」がある。1975年に建てられた地上54階建て・高さ173メートル、円筒の中心が空洞になったシリンダー型の高層ビルだ。だが、インターネットでこのビルを検索すると、誰が言い出したのか「凶悪ビル」「世界一高いスラム」「入ったら15秒で死ぬ」など、穏やかではない単語がずらりと並ぶ。

南アの犯罪件数が日本と比べて格段に多いのは確かで、南ア政府発表の2025年1~3月の殺人件数は5,727件と、約23分に1件殺人が起きている計算だ。ただ、タワーに入ると「15秒で死ぬ」というのは、ただの都市伝説だ。この地区出身のキア・ラビレさん(21)にガイドを依頼して、時代に翻弄されたビルの歴史といまの姿を取材した。
♢時代に翻弄された歴史と政策が切り捨てた人々
敷地には、タイヤのない車が放置されていた。車体には茶色いホコリがこびりつき、運転席のドアは外されている。鉄柵にはクモの巣が張り付き、風になびいている。この場所は、最近では映画『バイオハザード: ザ・ファイナル』などのロケ地として使われた。しかし、ガイドのラビレさんによると、最初からホラー映画の世界観だったわけではない。
彼女の説明によれば、1970年代、この地区はアパルトヘイト(人種隔離)政策のもとで白人が暮らす富裕層向けの居住区だった。中でもポンテタワーはいわゆる「高級タワマン」で、居住スペースのほかボウリング場、テニスコート、デパート、映画館、レストラン、プールなど、衣食住から娯楽までなんでも揃う憧れの場所だった。ただしその設計は、時代を反映してやや特殊だ。フロアは54階まであるのに、エレベーターは52階までしかない。53階と54階は使用人用のフロアで、彼らはエレベーターを使うことが許されず、毎日階段を上り下りしていたからだという。

1980年代になると、地域内で白人と有色人種が交流するようになった。これは、南ア以外の国からビジネス目的で白人が流入したことが背景にあるという。比較的リベラルな思想を持ち、人種間の交流に抵抗がなかった海外からの白人が入ってきたことで、混血の子どもがじわりと増えた。ところが、これを当時の白人政権が問題視。1985年にこの地域を「グレーエリア(灰色地域)」、つまり白人と黒人が混じり合ってグレーになった人種が交わる望ましくないエリアに指定し、“制裁”として水道・電気などインフラ整備を打ち切った。
この結果、白人は周辺に移住。残された建物は空き家化し、国内外の犯罪者らによる不法占拠にさらされた。 治安の悪化に伴い、ポンテタワーにも麻薬のディーラー、ギャング、売春婦などの無法者が住み着いた。また、ここに暮らすしかなかった貧しい人々も身を寄せた。電気が止まってエレベーターが使えなくなった住民らは、地上までごみを運ぶのに苦労して中央の吹き抜け部分に投げ捨てるようになった。生ごみ、粗大ごみに、ギャングに殺された者や自殺者の遺体まで投げ捨てられ、14階部分まで積み上がったという。エリア一体の荒廃に対して、政府はなにか対策はしたのか?と尋ねると、ラビレさんは「なにもしませんでした。なにも、です。」と答えた。スラムと化したポンテタワーの実態は、政府の失政が可視化された姿であり、いつの時代も最も弱い人たちが厳しい状況に置かれるという社会の縮図だったのだ。
♢民間が切り拓いた再生
いまのポンテタワーは、「犯罪者の巣窟」のイメージとはほど遠い、現代的でスタイリッシュな空間だ。リノベで刷新されたのだ。眺望の良い51階には、バーカウンター付きのパーティールームがある。スーパー、美容室、柔道教室に、子どもたちのための遊び場も作られた。私たちの滞在中も、子どもたちがはしゃぎながら何度も脇を走り抜けて行った。

2000年代に現在のオーナーが建物を取得すると、何年もかけて犯罪者を追い出し、ごみも3年半かけて撤去した。2012年にポンテタワーは生まれ変わってオープンし、いまは中流階級向けの住宅として利用されている。住人は約2,000人。高層階の一部は、宿泊施設にもなっている。
リニューアルと同じ2012年、ラビレさんも所属するNPO団体のダラ・ンジェが活動を始めた。「都市部の周縁化された地区に根強く残る偏見を覆し、そこに新たな機会を生み出す」ことを使命としていて、地元のメンバーらで運営されている。団体は、このタワーで沈む夕日を見ながらカクテルを楽しむバーイベントや、南アで人気のストリートダンス「パンツーラ」体験を主催している。収益の多くは、地上階にある子どもたちのためのコミュニティスペースの運営に使われる。
地区ごと政府に見捨てられて荒廃したタワーは、民間のパワーと草の根の活動に支えられていまのかたちにまで再生された。しかし、これを美談にして良いのかはわからない。タワーは生まれ変わったが、周辺にはいまも窓ガラスが破れ廃墟と化したビルが点在する。だれが整備するのか?政府の責任は、宙に浮いたままだ。
神谷美紀(元東海テレビ記者)