■世界で7400万人が感染死する
新型インフルエンザの発生が気になる。新年早々、暗い話で申し訳ないが、新型インフルエンザウイルスがひとたび出現すると、人類は免疫を持っていないからあっと言う間に世界中に広まり、パンデミック(地球規模の流行)を引き起こす。かつてのスペインかぜと同じ程度だとしても、WHO(世界保健機関)や厚生労働省によれば、世界で7400万人が感染死し、日本国内では4人に1人の割合で感染して17万~64万人が命を落とす。この数字は推計に過ぎず、ウイルスの毒性が強ければ強いほど大きな被害をもたらす。
どの病院も患者であふれかえり、医療機器や治療薬が足りなくなる。ワクチンの供給も滞る。医師が疲労や感染で倒れ、まともな診療はできない。亡くなる犠牲者の多さで火葬場も大混乱する。電気、ガス、水道、交通機関(バス、鉄道、航空)も、その業務に携わる人が次々と倒れ、供給がストップする。役所や銀行の業務、食品などの流通、情報通信機能も麻痺する。パニックから治安が悪化し、警察の取り締まりなど追い付かない。新型コロナ禍の比どころではない。
決して脅かすつもりはない。「天災は忘れたころにやって来る」。明治から昭和にかけて活躍した物理学者の寺田寅彦の有名な言葉だが、新型コロナのパンデミックを忘れかけたいまだからこそ、警戒すべきなのである。
■鳥インフルを甘く見ていないか
新型インフルエンザは、もともとは鳥インフルエンザだった。毎年、秋から翌年の春にかけて全国各地で発生し、消毒用の白い石灰が一面にまかれた養鶏場で白い防護服に身を包んだ自治体職員が殺処分を行うあの鳥インフルエンザだ。あの消毒の光景はすっかり定着したが、ニワトリとの濃厚接触で人が感染する問題や、鳥インフルエンザウイルスが人の新型インフルエンザウイルスに変異して多くの死者を出す事態をどこまで理解しているのか。私たちは「鶏肉は食べない方がいいのだろうか」「卵の値がまた上がる」と目先のことに気を取られ、鳥インフルエンザを甘く見ていないか。担当官庁の農林水産省も「ニワトリの肉や卵を食べて感染したケースはないから安心してほしい」とアピールするだけで、肝心要の鳥インフルエンザの本質までは説明しようとはしない。国民の生命を守るべき厚労省の対応も心もとない。あの新型コロナの貴重な経験はどこに消えたのか。
鳥インフルエンザの最多の発生は2022年度のシーズンだった。2022年10月28日から翌年4月7日の半年足らずの間に26道県で84例が確認され、計1771万羽ものニワトリが殺処分された。ほとんどのウイルスのタイプが毒性の強い高病原性のH5N1タイプのウイルスで、いまも変異しながら流行を繰り返している。
鳥インフルエンザの発生をさかのぼると、日本では2004年1月、山口県阿東町(あとうちょう)の養鶏場で79年ぶりに確認され、それ以来、毎年のように流行が繰り返し起きている。阿東町は山口県の北東部にあった町で、2010年1月に山口市に編入された町だ。
■H5N1は鳥エボラだ
鳥インフルエンザウイルスが新型インフルエンザウイルスに変異しなくともそのままでも人に感染することについては、「ニワトリとの濃厚接触で人が感染する」と前述したが、それでは世界で鳥インフルエンザはどのくらいの人に感染し、何人が亡くなっているのだろうか。
WHOの公表をもとに厚労省がまとめた「H5N1発生国・地域及びヒトでの確定症例」の世界地図(2025年12月25日作成)と「確定症例数」の表(同)=図表参照=を見ると、2003年から2025年の22年間に993人に感染し、うち477人が死亡していることが分かる。
国ごとにサーベィランス(調査・監視)の能力に差があるので必ずしもこれらのデーターが正確だとは言い切れないが、ニワトリを殺処分する体制が世界各国で徐々に整ってきた結果、感染者と死者が減ってきているのだと考えられる。その一方でアメリカやインド、スペイン、イギリスなどの国に新たに拡大している実態もある。
H5N1タイプは毒性の強い高病原性鳥インフルエンザウイルスの代表格だ。ニワトリはトサカや脚、臓器で内出血を引き起こし、むごたらしく死んでいく。家禽ペストや鳥エボラと形容するウイルス学者もいるほどだ。このH5N1ウイルスがその強い毒性を持ったまま新型インフルエンザウイルスに変異して人間の世界に入ってきたら…と考えるだけで身の毛がよだつ。
ちなみにHとNはウイルス表面にある突起のアミノ酸(タンパク質)で、HとNの組み合わせでタイプが決まる。現在、弱毒性から強毒性まで計198種類(H1~H18、N1~N11、18×11=198)の存在が確認されている。
■新型出現の予測は不可能だ
ところで、これまで新型インフルエンザは、1918(大正7)年のスペインかぜ(H1N1)、1957(昭和32)年のアジアかぜ(H2N2)、1968(昭和43)年の香港かぜ(H3N2)、そして2009(平成21)年4月にアメリカとメキシコの国境付近で発生したブタインフルエンザ由来のマイルドなウイルス(H1N1)と、計4回発生している。こうした過去の新型インフルエンザが季節性インフルエンザとなって毎シーズン、人の間で流行を繰り返している。
高市早苗首相の新政権が本格始動した昨年10月22日、今シーズン初の鳥インフルエンザの発生が北海道白老町(しらおいちょう)の養鶏場で確認され、政府は関係閣僚会議を開いて対応し、ニワトリの殺処分も実施された。ウイルスのタイプは毒性の強い高病原性のH5N1だった。
農林水産省によると、昨年12月26日までに白老町の発生を含め、1道1府6県で計10件の養鶏場で発生している。いまのところ今シーズンの発生は少ないが、鳥インフルエンザウイルスは世界中で変異を続けている。いつ何時、どこかの国や地域で人から人へと次々に感染してパンデミックを引き起こす新型インフルエンザウイルスが出現してもおかしくない。導火線に火が点いた状態は続いている。
残念ながら鳥インフルエンザウイルスのどの部分がどう変異すると、新型インフルエンザウイルスに変わるのかは解明されていない。つまり、いまの科学では出現の予測ができないのである。それゆえ、警戒を怠ってはならない。
木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

