◆圧倒的な存在感 国民的スポーツのラグビー
「今週末、ラグビー観に行かない?」。南アフリカに暮らすようになって約1年。ラグビーの南ア代表戦をスポーツバーで観戦しよう、と現地の友人に誘われた。日本では、自分の周りでワールドカップの期間外にラグビーが話題にのぼることはまずない。しかし、ここではラグビーは国技で、一番人気のスポーツの一つだ。
南ア代表は、跳躍力自慢でアフリカ南部に生息するガゼルに似た動物「スプリングボク」にちなんで、「スプリングボクス」の愛称で呼ばれる。チームは世界最強としてその名を轟かせ、去年のW杯フランス大会で最多となる4回目の優勝を果たした。この功績を讃えて、去年の12月15日は南ア国民の祝日になった。
緑の代表ユニフォームは、男女問わず街でよく見かけるファッションで、代表戦がある土曜日には特に着ている人が増える。ヨハネスブルク市内のスポーツショップでも、店に入るとまず目に入る場所にラグビーのユニフォームが陳列されていて、国民がラグビーにかける情熱を感じる。
◆世界一を掴むまで 映画『インビクタス』が描く分断と統合
南ア人には、忘れられない光景がある。ラグビーW杯が自国開催された1995年、アパルトヘイト(人種隔離)政策が撤廃され、初の黒人大統領ネルソン・マンデラ氏が就任した翌年のことだ。緑のジャージに身を包んだマンデラが、チームを率いた白人のピナール主将に優勝トロフィーを手渡して固く握手を交わした。初めて全人種が出場したW杯での優勝。「新しい南ア」を世界に知らしめた歴史的瞬間だった。――それまで、黒人にとってラグビーは「白人のスポーツ」で、むしろ抑圧的な白人支配の象徴だったという背景がある。
巨匠クリント・イーストウッド監督が、映画『インビクタス 負けざる者たち』で世界一に至るまでの南アのラグビー史を描いた。旧宗主国・英国生まれのラグビーは白人文化の権化で、アパルトヘイト政策のもと、黒人は同じチームでプレーすることも許されなかった。作品では、南アの黒人が、白人で構成されるチームを嫌ってわざわざ対戦相手国のチームを応援するシーンさえある。
「スポーツには世界を変える力がある」と語ったマンデラは、1994年の民主化後、白人支配の象徴・スプリングボクスを解体するより、継承して民族融和の橋渡しにする道を選んだ。黒人から変更を求める声が大きかったチームのシンボルを残し、選手には黒人の子どもにラグビーを教えるよう働きかけた。“ONE TEAM, ONE COUNTRY”は、このとき掲げられたスローガンだ。まだ多くが白人だった選手全員の名前とポジションを覚えて練習場に出向き、一人ひとりを激励した。黒人の集会では自ら緑のユニフォームを着てみせ、ときにブーイングされながらもチームの応援を呼びかけた。95年のW杯南ア大会は、そのスプリングボクスが初めて白人と黒人の混成チームで一緒に戦い、優勝を掴んだ大会だ。スプリングボクスと、キャッチフレーズの“ONE TEAM”は、新時代と国民の団結を象徴する存在に変わった。日本でも2019年に「ONE TEAM」が流行語大賞になったが、「元祖」は南アのスポリングボクスだったのだ。
◆南ア人の生活に溶け込むラグビー文化
7月20日の、南ア対ポルトガル戦。同い年の黒人女性2人とスポーツバーで観戦した。彼女たちに南ア人にとってラグビーは団結の象徴なの?と確認してみると、「イエス!」と即答。補足するなら、ラグビーは中産階級以上のスポーツで、貧困層ではサッカーの方が人気とのこと。この日の試合の結果は、64対21と南アが圧勝。危なげない試合だったため、会場は熱狂というより「いいぞ」、「よしよし」と確かめるように落ち着いて見守り、得点を決めたら観客みんなで拍手して称えた。
この日、友人たちにラグビーについてみっちり教えてもらおうと意気込んでいたのだが、彼女たちは「なんでいま2点入ったの?」、「いまのはゴールになるの?」とルールにはあまり詳しくない様子。そして、「見て、彼とってもかわいいの!小柄だけどぴょんぴょん跳ねて俊敏で……」。と、目の前の大画面で繰り広げられる試合の展開よりも、手元のスマホで「推し」の南ア代表・デクラーク選手の動画に夢中。そういえば私も10代の頃、サッカーのオフサイドのルールも知らずに、当時の日本代表・松井大輔選手を「激推し」していて、全ての出演番組をチェックしていた。ルールに詳しくても詳しくなくても、「推しが尊い」のは世界共通のようだ。
競技場まで足を運ぶ熱狂的なファンもいれば、ラグビーをきっかけに仲間と集まって盛り上がる友人たちのような人もいる。また、南アにはブラーイ(BRAAI)といわれるバーベキュー文化があり、ラグビーを観ながらブラーイを楽しむ家庭も多い。W杯期間中には、「ワールドカップブラーイ」という言葉まで登場した。ラグビーは、多様な楽しみ方で、ここに暮らす人の生活に息づいている。せっかく南アに来たのだから、願わくばもう少しルールにも詳しくなって、またみんなで一丸となってスプリングボクスを応援したい。
神谷美紀(元東海テレビ記者)