旅の後半は、トルコ南西部にある古代ローマ時代からの温泉保養地「パムッカレ」から、奇岩群で知られるトルコ屈指の観光スポット「カッパドキア」まで団体バスで移動し、最後は国内線の飛行機でイスタンブールに戻りました。
■パムッカレの石灰棚で冷や汗
地中海の火山帯にあるトルコは、日本と同様に良質の温泉に恵まれています。遠くからみると雪山のような世界遺産・パムッカレ(トルコ語で綿の城)の石灰棚は、炭酸カルシウムを含んだ温泉水が、山肌を流れ落ちて冷えて固まり長い年月をへて沈積、純白の棚田のような景観を生み出しました。石灰の白と、くぼみに溜まった水の青、その鮮やかなコントラストが石灰棚の美しさを際立たせています。
私は早速、頂上付近で、靴と靴下を脱ぎ、用意した袋に入れて裸足になりました。石灰棚は滑りやすいところもあると注意されていたので、歩幅を小さくして恐る恐る歩き始めました。石灰棚の表面は、ひんやりと冷たく、でこぼこしていて、しっかり踏みこむと玉砂利を素足で歩いた時と同じ痛みが襲ってきます。大勢の観光客に交じり、痛みをこらえながらしばらく歩くと前方に幅数十センチもある溝が横たわっていました。これを越えなければ良いカメラ位置につけません。少し勢いをつけて飛び越えました。その瞬間、周りから悲鳴が上がりました。恐れていた事が起きたのです。着地後足が滑ったのです。1m近く滑走しましたが、バランスを崩すことなくピタッと止まりました。日頃スポーツジムに通い足腰を鍛えていた成果がでました。最悪の場合、少し先の断崖から滑落していたかもしれません。私のすぐ近くにいたアジア系の女性が目を丸くして驚いていたあの表情を今でも思い出します。
■カッパドキアは夜景も最高
カッパドキアはトルコ中央部の山岳地帯にあります。「妖精の煙突」や「キノコ岩」と呼ばれる多種多様な奇岩群は、火山の噴火により堆積した凝灰岩や溶岩層が長い年月をかけて浸食されてできました。「美しい馬の国」を意味するペルシャ語が語源で、初期キリスト教の時代には多くのキリスト教徒たちが迫害や弾圧を逃れ、この地下に隠れ住んだといわれ、今も残る岩窟教会などがその歴史を物語っています。30以上の教会がギョレメ博物館として保存・公開されており、中に入ると色鮮やかなフレスコ画など多くの壁画がみられます。
私たちは、ギョレメ地区の中心部にある洞窟風のホテルに2泊しました。夕食時、2階のレストランのテラスに出ると、奇岩をくり抜いたホテルや住宅、教会の尖塔などがライトアップされて浮かび上がり、夜空の星たちが一斉に舞い降りてきて煌めいているような幻想的な光景が広がっていました。私は、そばにいた添乗員に「これまで40数か国を旅行してきたが、夜景の美しさはここが最高」と興奮気味につぶやき、スマホで夜景を動画に収めました。
■トルコは野良犬・猫たちの天国!?
今回の旅行で一番驚いたのは、行く先々で目にする野良犬や野良猫の多さでした。トルコの野良犬は大型犬が多く、性格は穏やかで、道端で堂々と寝ています。猫たちも人懐っこく、世界遺産の遺跡の中でも観光客を気にせず自由にふるまっていました。
トルコでは2004年に「動物愛護法(動物保護法)」が制定され、路上動物の保護が地方自治体に義務付けられました。2021年には愛護法の改正法案が可決、「動物の権利法」と呼ばれるその法律により、動物は「商品/物」ではなく「生きている存在」として「権利」を有するようになりました。そのためトルコでは、自治体が水飲み場を町中に設置していて、生きるために必要な飲み水と食べ物が確保されています。さらに健康管理や不妊去勢手術を進める取り組みも行っています。
では日本はどうでしょう。私の郷里・尾道は猫の街として知られています。坂道を歩くと猫たちに良く出会います。トルコと同様、尾道の猫も人懐っこく、都会の猫のように近づくと逃げてしまうようなことはまずありません。
以前、友人の出版社の社長が、「尾道の猫」の写真集を出したいというので、尾道市役所の担当者を紹介したことがあります。町おこしになると思ったのですが、市役所の対応は冷ややかでした。「尾道は野良猫が増えて困っている。あまり宣伝されては困る。」というのが本音だったようで、友人は、結局、写真集の出版を断念しました。尾道では野良猫の管理保護は、NPOやボランティアに依存しているのが実情で、最近、半数の猫は健康状態が悪いという広島大学の若手研究者の調査結果も出ています。同じ野良猫でもトルコと尾道の猫の境遇の違いをまざまざと思い知らされました。
■魅惑のベリーダンス
昔トルコを訪れた母から「ベリーダンスは凄かった」と聞いていたので、イスタンブールで、妻とナイトショーを観に行きました。ベリーダンスは、古代エジプトが発祥と言われ、トルコではオスマン帝国時代、スルタン(王様)のために世界中から集められた女性たちがハレムで学びました。その特徴は、流れるような手の動きと複雑でリズミカルな腰の動き、そして体の隅々まで使った表現力のあるダンススタイルです。ナイトショーでは、露出度の高いあでやかな衣装に身を包んだ踊り子たちが次々とセクシーな踊りを繰り広げ、目を奪われました。こういう時は、感謝の気持ちを表すおひねり、チップをあげるのがマナーです。私は酔った勢いでステージに近づきました。すると踊り子がそばに来たので相手のリズムに合わせて腰を振り、踊り子の体や衣装に触れないように細心の注意をはらいながら胸の谷間にトルコ紙幣を差し込みました。あとで写真を見ると好色な老人としか見えない私の姿がありました。今回の旅での最大の失敗は、47年連れ添った妻に私の本性を知られたことでした。
山形良樹(元NHK記者)