シリーズ コロナ禍での米国オンライン留学 第4回~クラスメイト達~

<オンラインでチームメイトがつくれるのか?>
「授業はすべて、チームを組まなくてよいものを選んだ」
 アメリカでの交換留学から年末に帰国したばかりの先輩が、その翌年(2020年)の秋から渡航予定だった私達に向かって、こう言い放った。慶應ビジネススクールで、先輩たちから留学体験談を聞く会での発言だった。
 なぜだろうと一瞬思ったが、次のような理由があるかもしれない。その発言をした先輩は、成績がオールAだと噂される優秀な人だった。香港出身のため、英語にも問題はないはずだ。しかし本人が優秀であるが故に、チームを組んだ相手の能力が低いと、自分もAを取り損ねるリスクがある。だからチームでの作業が必要な授業を避けたのではないか。あるいは単に共同作業が煩わしいと感じたのかもしれない。
 しかし私は、チームメイトと共同作業がしたかった。慶應ビジネススクールでは中間・期末試験を除き、多くの授業でチームによるプレゼンテーションの場があり、その評価が成績に反映する。チームで作業をすると、自分の役割や組織のあり方など学ぶことが多い。だからアメリカ人と共に作業をすることに興味があったのだ。
 私が履修を希望した科目の一つは、チームでの作業が必須のものだった。ただ問題は、授業開始前にチームメイトを探すようにとシラバスに書いてあったことだ。知り合いのいないリモート参加の外国人交換留学生の私が、どのように事前にチームメイトを探せばいいのだろうか。暗に、現地にいない学生の履修を拒否しているのだろうか。そこで私は試してみることにした。担当教授にメールを送り、自分の状況を説明した上でチームメイトの探し方のアドバイスを求めた。その返信によって、自分のような境遇の留学生の履修を歓迎するのか否かを探ろうとしたのだ。
<こうしてチームメイトが見つかった>
「チームメイトを見つける手伝いをするよ」
教授からの返信は、意外なほど簡単な、そして温かい言葉だった。すぐに教授のTA(ティーチャーズ・アシスタント)からメールが届き、スラック(SNSの一種。シカゴ大学ビジネススクールでは、学生間で連絡を取り合うのに利用していた)で当該授業用のスレッド(特定のテーマについてやり取りをする空間。特定のグループ内でのやり取りも設定できる)を作るので、それを通して呼びかければいいと、これまたフレンドリーなアドバイスをもらった。私はすぐにスラック上で、「まだチームメイトが見つかっていない人いませんか?」というメッセージを呼びかけた。
結論から言うと、結局チームメイトはスラック以外の方法で見つかった。しかし教授やTAがアドバイスをくれたおかげで、知り合いのいない異国の地でチーム作りをしなければいけない不安は消えていった。
最初に見つかったチームメイトは、学内の外国人留学生団体のリーダーだった。その授業を履修していることをたまたま知り、メールでチームを組みませんかと私から依頼したのだ。そのリーダーはベトナム出身の女性で、名門の国立シンガポール大学を卒業したあと現地の投資運用会社で働いていた経歴を持つビジネススクール2年生だった。彼女はよほど優秀だったのか、すでに数人の学生からチームメイトの誘いがあったようで、そうして集まった計4人の学生でチームを組むことが決まった。
ただ、これには後日談があり、実際に授業が始まると、他に取りたかった授業との兼ね合いで負担が大きいと判断したこのリーダーは、第一週目に履修を取りやめてしまった。他にもう一人履修をやめた学生がいたために、チーム成立のための最低人数3人で始めることになってしまった。
<具体的な顔ぶれ>
結果として私がチームを組んだのは、二人のアメリカ人学生だった。
一人は、ビジネススクール入学前に米国陸軍でIntelligence Officer(情報部員)として10年近く勤務していたマーリー。陸軍を辞める時は500人の部隊を率いるまでになっていたという彼女は、毎週、次回の授業で扱うスタートアップ企業の情報が開示されると、真っ先に取りかかった。
私たちがあらかじめチームで準備しなければならないのは、課題として与えられるスタートアップ企業の分析だ。多方面にわたる20以上の項目について自分たちの分析結果をまとめる。分析に基づき、その企業の今後三年間の企業価値を算出する。授業はオンラインなので、すべてのチーム作業はグーグル・ドキュメントというクラウド上でワードやエクセルを共有しながら進めていった。
マーリーは、仕事は多少粗いものの、毎週真っ先に、しかも凄まじい勢いで、課題企業の分析項目をひと通りこなしていった。その気迫と勢いは、チームメイトとして自分も早く課題を進めないといけない気にさせた。つまり、言葉ではなく態度で、チームを引っ張っていったのだ。そんな彼女を、私は心の中で密かに「突撃隊長」と呼んで敬意を払っていた。
もう一人は、会計士のダニー。優しい印象の静かな人で、マーリーがやり残した項目の分析を私がひたすら作業する間は、ほとんど介入してくることはなかった。ただし、皆が不得意で彼が得意な企業の価値評価の計算表は、彼がほとんど一人で担ってくれた。
 このようにして、日本人とのチームではあまり見かけない迫力で、どんどん自ら課題を進めることでチームのやる気を引き出すマーリーと、皆が不得意な分野をこなすことでチームを支えるダニーという全くタイプの違う貢献の仕方を見せる2人の姿勢から学ぶことの多かった授業だった。
チームメイトとは異なるが、このベンチャービジネスの科目を担当していたメドウ教授ともZoomで頻繁に話す機会があった。非常に温情あふれる先生で、ベンチャーキャピタリストとしての長い経験をお持ちだったので、卒業生がベンチャービジネスを立ち上げる際はアドバイザーとして支援していた。私も学期を通して、救いの手を差し伸べてもらった気がする。誰も知り合いがいない中でチームを組まなければならない時。そして、期末試験としてチームでプレゼンテーションをする前に極度に緊張していた時。「スコッチでも飲んで気分を楽にしなさい」とユーモア交じりに声をかけてもらった。この言葉でプレゼンテーションの時の緊張がほぐれたことは言うまでもない。
中田浩子(ジャーナリスト)

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