日韓関係の改善に一歩踏み出したが・・・

1)   パク外相が初来日   

 韓国のパク・チン外相が就任して初めて日本を訪れた。7月18日から3日間滞在し、まず林外相と会談した。日韓2か国の外相会談はおよそ3年ぶりだ。パク外相は翌日、岸田首相とも面会した。日韓関係の改善に意欲を示す、ユン・ソンニョル政権の姿勢が見て取れる。

 日韓関係は冷え切ったままだ。最悪の状況に陥った要因はいくつもある。このうち、太平洋戦争中の徴用工問題をめぐって、韓国の最高裁が下した判決(2018年)が最も大きい。判決は戦後の日韓関係の礎、「請求権協定(1965年)」を無視して、被告の日本企業に対し、原告の元徴用工に賠償を命じた。また、韓国は「日韓慰安婦合意」も事実上反故にした(2019年)。いずれも国際ルールを一方的に無にするもので、日韓の信頼関係を根っこから崩す結果となった。徴用工裁判をめぐっては、日本が「深刻な事態」と位置付ける「司法上の手続き」が迫っている。判決に基づいて原告側が差し押さえた日本企業の資産を現金化する手続きがこの夏にも始まるという。パク外相の今回の訪日は、韓国に解決策を求める日本に対し、どんな対応策を示すかが最大の焦点となった。

 パク外相の発言は、会談であれ面会であれ、一貫していた。共通するのは「緊密な連絡と協力により関係改善を図る」、「資産現金化の前に望ましい解決策を探る」、「日本に誠実な対応を期待する」との表現だった。また、いずれの会談でも、日韓は「徴用工問題」の早期解決を図ることで一致したという。パク外相の来日によって、日韓関係は改善に向かって動き出せるのだろうか。

2)   徴用工問題と韓国の意向

 パク外相の発言は、外交上、すべてが公表されているわけではない。しかし、各メディアによる会談後の取材によって、日韓外相会談では、パク外相が徴用工問題への対応策を説明したことが明らかになっている。韓国の保守系「朝鮮日報」によれば、パク外相は徴用問題を解決するための「官民協議会」を発足させ、「日本企業の資産が現金化される前に問題解決を図る」との方針を示したと伝えている。また、反故にされたままの慰安婦合意について、パク外相は正式な合意として認め、「当時の合意精神に従い、慰安婦被害者の尊厳と名誉を回復」すると述べたという。

 この「官民協議会」は、ユン政権が7月4日に発足させたものだ。協議会では、政府関係者、専門家、原告側弁護士らが協議を続け、8月にも意見をまとめる見通しだという。協議会で論議されている解決案は、大別して2つある。まず、日本企業に命じた賠償の支払いを韓国政府が肩代わりして原告に支払い、その後日本側に請求するという「代位弁済」案だ。2つ目は、日韓の企業・個人から資金を募って基金を設け、原告側に給付する「基金」案だ。「代位弁済」では、韓国政府が立替え分の請求先をどこにするのかをめぐって、意見が分かれている。また、「基金」についても、資金の拠出が強制なのか、自主的なのかで意見が分かれ、多様な案が検討されている。原告側弁護士や支援団体は、あくまでも日本の企業が判決に従って賠償と謝罪を行うべきとの立場を崩していないという。官民協議会が発足したといっても、徴用工問題の解決策そのものはなお不透明と言うほかない。

 こうした事情を踏まえて、韓国の立場を考えると、徴用工をめぐる最高裁判決は国際法に違反するとして認めない日本の主張と、裁判の原告や支援団体の心情、それに根強い反日世論との間で、難しい解決策をさぐるという、韓国の苦悩が見えてくる。

3)   日韓関係改善への期待と課題

 ユン政権の外交方針は「国益と現実主義」に依拠する。また、米韓同盟を基軸に据え、日米韓の連携を重視し、冷え切った日韓関係の改善にも積極的だ。パク外相の訪日は日韓関係改善に向けた第一歩である。ユン政権としては、「親中、従北、離米」とも評された前のムン政権の政策を一新したと言ってもよかろう。

新しい韓国外交の担い手、パク外相の来日について、日韓のメディアはどう伝えたのだろうか。日本の大手各紙は、外相会談の翌19日に揃って社説を掲載した。その見出しを見ると、「対話を加速し事態打開を(朝日)」「信頼関係を結び直す契機に(毎日)」「ユン政権の決断後押しを(日経)」「「問題解決の具体策をみせよ(産経)」など、日韓関係の改善への期待とともに課題が見え隠れする。一方、韓国の大手紙も社説や解説などで繰り返し伝えた。このうち、保守系「朝鮮日報」は東京特派員の解説記事で、日韓が抱える課題として「徴用工賠償」「日本の輸出規制」「GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)の正常化」など5項目を挙げ、日韓双方の主張を示して会談の内容を分かりやすく伝えている。保守系「中央日報」は「55か月ぶりの韓日外相会談 急がば回れ」と題する社説で、「関係改善の必要性と緊急性に共感したことは意味が小さくない」と評価する。続けて、徴用工問題は「韓国政府の意欲だけでは解決できない…拙速に解決を急げば、大きな禍根を残す」と指摘している。革新系「ハンギョレ」の社説は、「(徴用工の)被害者に対する日本側の謝罪と賠償がない拙速交渉では、問題を解決できないことを直視し、被害者が同意できる…解決法を模索しなければならない」と論じている。

 こうした日韓の報道に接すると、徴用工問題の根深さを思い知る。また、解決に向けて今後の曲折も予想され、先行きが気に掛かる。

4)   未来世代のために

 冷え切った日韓関係を改善するには、徴用工問題の解決は避けて通れない。解決するならば、日韓双方が知恵を出し合い、真摯に向き合うほかない。しかし、問題の本性からして、曖昧な部分を残し、安易に妥協し、拙速に受け入れても、結局は真の解決には至らないだろう。徴用工問題の解決策を探るうえで、考慮すべき2つの論点を強調したい。

 まず、徴用工をめぐる最高裁判決は明確に国際法に反するという点である。判決は「徴用」を不法な植民地支配下の違法行為と位置付け、「請求権協定」を無視して、原告への賠償を認めている。韓国内での判決効力は別として、民間企業を被告とするだけに時効の問題も浮上する。さらに、国家間の合意を一方的に無にする行為は到底認められるものではない。周知の通り、ユン政権は発足した5月以降、積極的な外交を繰り広げている。とりわけ、6月下旬のNATO首脳会議ではユン大統領も出席し、平和、人権、民主主義、法の支配という、普遍的価値観を日本・欧米諸国とともに共有したことを明言している。その言葉通りに、韓国は国家間の協定や合意を遵守しなければならない。次に、徴用工問題が「歴史認識」と密に絡む点だ。判決は日本の韓国併合について、最高裁が100年以上も経過してのちに不法と認識したもので、独断的な「歴史認識」と言わざるをえない。また、その「歴史認識」は国民感情とも深く絡み、容易には変わらない。徴用工問題が一筋縄で解決できない事情もそこにある。

 こうした論点を踏まえれば、徴用工問題の解決策が問われるのは、上記の論点に即した次の2点となろう。まず、解決策が国際社会共通の価値観に合致しているかどうか、次いで、歴史認識とは一線を画す「史実」に基づき、世論をどこまで説得できるかである。先の中央日報の社説も、「(解決策は)原告の元徴用工とその支援団体、野党、国民に対して説明し、その大半を説得できるものでなければならない」と述べ、世論への説得の重要性を指摘している。ユン政権を取り巻く政治的環境が厳しさを増す現実にも留意する必要がある。国会の議席は野党側が過半数を占め、ユン大統領の支持率は7月末に28%と初めて30%を割り込んだ。ユン大統領の政権運営は予想以上に苦しそうに見える。日韓関係の改善の期待は次第に薄れ、懸念の声さえ出始めている。いつ、どんな解決案が出てくるのだろうか。

 7月中旬、韓国の知人から久しぶりのメールが届いた。韓国の政権交代で日韓関係に変化の兆しが見え始めたことを嬉しく思うと記している。続けて、「三歩進んで二歩下がることを繰り返しながらも両国の未来世代にこれ以上重荷を背負わせないよう願う」と結んだ。極東アジア情勢が厳しさを増すなか、日米韓とともに日韓の連携はますます重みを増してこよう。普遍的価値観を共有する筈の日韓は、将来を見つめながら一歩ずつ進むのか。

羽太 宣博(元NHK記者)

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