日韓関係と普遍的価値観

1)軋む国際秩序と普遍的価値観     
 ロシアがウクライナに侵攻し、4か月が過ぎた。ロシアはウクライナの市民も巻き込む戦闘を続け、核兵器の使用もちらつかせている。また、東部での攻勢を強め、南部では占拠・支配の既成事実化も図る。国連憲章第2条4項は、領土の保全や政治的独立に対する「武力による威嚇と武力行使」を禁止する。安保理常任理事国のロシアがその憲章に違反する異例の事態だ。自由、民主主義、法の支配という、普遍的価値を共有する日本、欧米諸国がロシアを糾弾するのは当然である。
 6月、緊要な国際会議が相次いだ。「アジア安全保障会議(シンガポール)」、「核兵器禁止条約の締約国会議(オーストリア)」、「G7首脳会議(ドイツ)」、「NATO首脳会議(スペイン)」だ。いずれの会議も、ウクライナ侵攻が主要議題となった。岸田首相はアジア安保会議、G7、NATO会議に出席し、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と懸念を示した。G7の議長国、ドイツのショルツ首相は「ロシアがこの戦争に勝ってはならないことで一致した」と述べ、ウクライナ支援、食料不足対策、ロシアへの制裁をG7が結束して強化すると強調した。NATO会議では、ロシアを「最も重大で直接的な脅威」と位置づけ、加盟国の防衛態勢を増強する方針を打ち出した。一連の会議は、ロシアに対する懸念、批判、対決姿勢をより鮮明にするものとなった。
 一方、ロシアも活発に動く。16日、プーチン大統領の出身地、サンクトペテルブルクで「国際経済会議」を開催する。中国やイランなどの親ロシア派の国々との協力関係を強調し、ロシアが孤立していないことを誇示した。23日には、中国、インド、ブラジル、南アフリカとの「BRICS首脳会議」をオンラインで開く。日本や欧米諸国によるロシアへの経済制裁をきびしく批判している。
 ロシアのウクライナ侵攻が続く今、国際秩序は根っこから揺れ、大きく軋む。普遍的価値観を共有する日本や欧米諸国は連携し、結束を強める。他方、異なる価値観に基づき、独自の秩序づくりを目指すロシア、親ロシア派。その対立・葛藤は今後も強まるだろうか。

2)日韓首脳会談を先送りした訳
 スペインで開催されたNATO首脳会議には、非加盟国の日本、韓国など、アジア太平洋の4か国が初めて参加した。NATOとしては、普遍的価値観を共有するアジア太平洋の諸国を招き、ロシアに対抗する勢力の増強を図ったものと見てよい。岸田首相とユン・ソンニョル大統領が初めて対面する機会ともなった。会議前日の晩さん会では、両首脳が言葉を交わし、会議初日には日米韓3か国の首脳会談が開催された。5年ぶりの会談では、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の脅威に対応し、3か国の連携を確認するものとなった。
 ところが、日韓の個別の会談は開かれなかった。韓国側は、NATO会議に合わせた日韓首脳会談の開催に期待を示していたという。首脳会談が先送りされることが伝わると、韓国メディアはそろって日本を批判した。各紙の見出しからも、その厳しい論述が伺える。「韓国が手を差し伸べたのに…(朝鮮日報)」「また韓国のせいにする日本(中央日報)」「韓国と距離を置いた日本(ハンギョレ)」など、一方的に日本の責任を問うものとなった。
 普遍的価値観で結ばれたはずの日韓の首脳会談が何故開催できなかったのか。3つの理由がある。まず、7月10日の参議院選挙を控えた岸田政権としては、賛否の分かれる日韓関係で新たな動きを見せ難かったこと。次いで、いわゆる「嫌韓、反日」という、日韓双方の国民感情が根強く、双方ともに慎重な対応が求められていること。最後に、冷え切った日韓関係は、徴用工、慰安婦、竹島、旭日旗などの歴史問題が山積し、一筋縄では決して解決できず、これが最大の理由である。日韓が抱える課題の多様性と複雑さを考慮すれば、韓国メディアの報道は「木を見て森を見ず」の感が強い。
 ユン大統領は、繰り返し日韓関係の改善に積極的な姿勢を見せている。その意欲とは裏腹に、厳しい現実のあることを認識する必要がある。

3)ユン外交は国益中心・現実主義
 韓国を取り巻く東アジア情勢は厳しい。北朝鮮は今、ICBM級のミサイルも含めた発射実験を繰り返し、7度目の核実験の準備も終えたという。韓国の脅威はこれまでになく高まっている。前のムン政権は、「従北融和」とも評される姿勢を維持し続け、結局、目立った成果を挙げることがなかった。これに対して、ユン大統領は「朝鮮半島の非核化」を安全保障政策の柱に据え、北朝鮮と対峙する姿勢を明確にしている。また、アメリカのバイデン大統領は、中国、北朝鮮を念頭に、東アジア政策の基軸に日米、米韓の同盟を据えている。日米韓3か国の連携を重視し、冷え切った日韓関係の改善も求めている。
 こうした動きと符合するかのように、ユン政権は昨今、日韓関係の改善を安全保障の分野から着手する動きを見せている。イ・ジョンソプ国防長官は、シンガポールでのアジア安保会議で講演し、「北朝鮮は単なる脅威の水準を超えた」と述べ、強い懸念を示した。また、日米韓3か国の連携を強化し、日本との対話に積極的にのぞむ姿勢も強調している。会議では、日米韓国防相会談も行われ、軍事情報分野での連携を強化し、北朝鮮のミサイル発射に対応して、情報共有の合同訓練を実施することで合意している。一方、ブリンケン国務長官と13日に会談したパク・チン外交長官は、不安定な日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)について、「一刻も早く正常化させたい」と述べ、協定の実効性を確保するとの考えを示している。
 国際社会は目まぐるしく動く。潮流の変化をしっかり見極め、的確に対応する必要がある。二国間の関係改善を図ろうとすれば、「総合的・長期的視点」に立ち、出来ることから着手するのが常識だ。ユン政権の外交の柱は、「国益中心・現実主義」である。韓国を取り巻く厳しい環境を踏まえると、日韓関係の改善を安保の分野から着手するという動きは、韓国の国益に適い、現実的な判断であろう。

4)日韓関係と普遍的価値観
 日韓関係が悪化したのは、多様かつ複雑な要因による。安全保障上の問題の一つ、GSOMIAの正常化は、韓国が停止中の「無効通告」をすべて元に戻すだけで解決する。重ねて言う。問題は日韓関係が最悪と評されるまでに至った主因、ムン政権時代に生起した一連の歴史認識問題にある。とりわけ、2018年の韓国大法院の徴用工判決では、日韓の国交を正常化した日韓請求権協定(1965年)を無視し、韓国政府も三権分立を理由に何ら対応せず、賠償用に差し押さえた日本企業の資産現金化の手続きが最終段階に入っている。また、日韓慰安婦合意(2015年)では、「最終的かつ不可逆的な解決」とした合意を一方的に反故にしたことが根本的な問題となっている。いずれも、ムン政権の一方的な歴史認識に基づき、「合意は拘束する」という、国際法の原則に反し、双方の信頼関係を根本から損ねているからにほかならない。
 ユン大統領は、先般のNATO会議に出席し、欧米各国とともに普遍的な価値観を共有する姿勢を示している。ユン大統領の出席を前に、韓国大統領室は、「価値と規範を土台とする国際秩序の維持に向け、NATO同盟国およびパートナー国との協力を強化し、グローバル中枢国家としてのわが国の役割を拡大する重要な契機になる」と説明した。ユン大統領も「自由、民主主義と…規範に基づく国際秩序を維持し、強化していくことが国益にかなう」と繰り返し述べている。
 NATO会議に出席したユン大統領は、日本を始め、欧米諸国とともに普遍的価値観を共有する意志を改めて明確にしたことになる。参議院選挙が終了した後、パク外交長官が日本を訪れ、様々な課題について協議を始めるという。冷え切った日韓関係の改善に向けて、ユン大統領が日本とも共有する普遍的な価値観をどう実行していくのかを注視したい。
 8月15日は、終戦の日。韓国では日本の植民地支配から脱した光復節。双方ともに歴史を振り返り、大戦の教訓を見つめる。今年はどんな日になるのだろうか。
羽太 宣博(元NHK記者)

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