ユン次期大統領と冷却した日韓関係

1)日韓関係がやっと動き出す
 冷却したままの日韓関係は、修復に向かって動き出すのだろうか。5月10日に就任するユン・ソギョル次期大統領が「政策協議代表団」を日本に派遣した。その目的は、ユン政権における北朝鮮政策や日韓関係などについて協議し、解決のための土台づくりだった。
 国会議員や外交専門家ら7人の代表団は、4月24日から5日間にわたって東京に滞在した。代表団は、岸田首相をはじめ、外務、防衛、経産の各大臣、政財界、言論界などの要人と相次いで面会している。最も注目されたのは岸田首相との面会だった。岸田首相は対北朝鮮対策を念頭に、日韓、日米韓3か国の連携が今こそ必要で、日韓関係の改善が急務と伝えた。また、1965年の国交正常化以来築いてきた友好協力関係を発展させるため、徴用工や慰安婦問題などの懸案の解決が必要だと強調している。これに対し、代表団は「(韓国は)日韓関係を重視しており、関係改善に向けてともに協力していきたい」と応じたという。また、「未来志向的な関係改善」を盛り込んだ、ユン氏の親書を岸田首相に手渡している。
 ユン氏による代表団の日本派遣は、アメリカに次いで2か国目である。日米韓の連携と日韓関係の修復を重視するユン氏が自らの外交姿勢を鮮明にする派遣となった。また、ムン・ジェイン政権によって悪化し、放置されてきた関係を修復する第一歩と見ることもできる。その一方、日韓の間には歴史認識に関わる徴用工、慰安婦、竹島(韓国のドクト)、旭日旗問題などの難題が山積する。関係修復は容易ではない。

2)ユン次期大統領の外交姿勢
 ユン氏の外交安保政策は、大統領選挙への出馬表明をして以来、一貫している。一時は抽象的と批判された政策も、遊説やテレビ討論などを通じて明確になり、「実用・現実主義」と評されている。その主張は当選後の国民向け演説にすべて盛り込まれている。演説では、ユン氏はまず、米韓同盟を基軸に据え、経済安保も含めた「包括的戦略同盟」に格上げすると明言している。日本とは「未来志向的な関係」を築き、「共通の利益」に重点を置くと強調した。中韓関係については「相互尊重」で発展させ、北朝鮮の挑発には厳しく対処する姿勢を示した。
 日韓関係については、ユン氏が3月28日に相星駐韓日本大使と会談した際の発言に、その全貌を見て取ることができる。ユン氏は「韓日関係は未来志向で必ず改善され、過去のような良好な関係に至急復元されなければならない」「一見すると解決困難にみえる問題もあるが、真摯に向き合い、互いに話し合えば、難しい問題ではない」と述べている。また、「両国は安全保障や経済繁栄など様々な協力すべき課題を共有したパートナーであり、硬直した局面を乗り越えるため、共に知恵を集めていこう」と語り掛けたという。言葉の端々に、日韓関係の改善に取り組むユン氏の強い意志が込められているように思える。
 韓国は今、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮と向き合う、厳しい現実に直面している。韓国は、革新系から保守系への政権交代を機に、米韓同盟の一層の強化とともに日米韓の連携に欠かせない日韓関係の修復を目指すという、外交戦略に舵を切ったと見るべきだろう。親中そして南北融和の姿勢を維持し、米韓同盟を損ねて日韓関係を悪化させたムン政権とは、明確に一線を画すこととなる。

3)日韓関係を修復すると言っても・・・
 日韓関係はムン政権の5年の間に悪化の一途を辿った。今、どん底にある。日韓の軋轢・対立は、政治や外交分野に収まらない。経済では、日本による半導体関連素材の輸出管理が今も続き、韓国がWTOに提訴中だ。「NO JAPAN」と名付けた日本製品の不買運動は、影響がやや薄れたものの、今もなお続く。社会、文化・芸術など、市民レベルの交流は、コロナ禍もあってほとんど途絶え、日韓関係は青息吐息と言ってもよい。
 その要因は、ひとえに2018年の「徴用工をめぐる最高裁判決」と「日韓慰安婦合意の反故」にある。日本からすれば、徴用工裁判は日本の企業に賠償を命じた判決が1965年の日韓請求権協定を無にし、慰安婦合意の反故は「合意は拘束する」という、法の一般原則に反する。いずれも国家間の関係を律する国際ルールを蔑ろにする行為で、日韓の信頼関係を根底から崩したと言ってよい。関係を修復するには韓国側の対応がまず必要と日本が主張する理由でもある。その背景には、日本の植民地支配が違法とするムン政権の独自の歴史認識があり、韓国国民が拘る日本への対抗心・反感の根強さがある。韓国の保守系紙・中央日報は「いくら改善の意志が強くても…」と題したコラム(3月30日)の中で、日韓関係は、慰安婦をめぐる教科書検定、佐渡金山の世界文化遺産の登録問題などを例に「爆弾が散在する」と指摘する。また、「(韓国が)いくら合理的な政策を行っても世論の支えがなければ持続しにくい」と述べ、韓国世論を踏まえた日本の変化がなければ関係の修復には限界があると主張している。関係を悪化させたのが日韓のどちらかを考えれば、到底受け入れ難い。とはいえ、問題の根深さを示す記事ではある。
 ユン氏は「未来志向的な日韓関係」を築き、「真摯に向き合い、話し合い・・・共に知恵を集めていこう」と繰り返している。関係修復を期待する声が日韓双方にあるにしても、そう容易ではない。

4) ユン次期大統領に待ったなし
 ユン次期政権を取り巻く環境は内外ともに厳しい。まず国内では、ユン氏が大統領に就任すれば、今の革新系与党「共に民主党」は野党となる。その勢力は国会の6割を占め、政権与党が少数で、野党が多数の「捻じれ現象」が生じることとなる。ユン政権は思うような運営ができないであろう。また、6月1日の統一地方選挙を控え、与野党は大接戦となった大統領選挙の延長戦と受け止め、水面下の選挙戦を始めているという。その象徴が「検察の捜査権を廃止する法案」をめぐる与野党の攻防だ。この法案は、退任後のムン大統領を疑惑捜査から守るものだとして、厳しい批判を浴びてきた経緯がある。ところが、議席数で優位な与党は30日、政権に留まるうちに強行採決して可決し、法曹界、学会、国会などで激しい論議をよんでいる。国民の関心も高まりを見せ、統一地方選挙の争点になることもありえよう。    
 他方、ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の核・ミサイル開発、海洋進出を強める中国、ミャンマーの軍事政権による弾圧など、国際社会は今、大きく揺れ動く。とりわけ、力による一方的な国際秩序の破壊は、これまで繰り返し経験してきた戦争を教訓に確立した、民主主義・正義・人権・法の支配という、世界共通の価値観の意味を各国に問うものとなっている。また同時に、国際社会における国家の役割や連帯の在り方をも考えさせる。
 ユン次期大統領が誕生して2日後には、アメリカが主導する「新型コロナウイルス会議」がオンラインで開催される。ユン氏はバイデン大統領とネット上で初めて面談する。また、バイデン大統領は5月21日から24日の日程で、韓国と日本を訪れ、米韓、日米首脳会談に臨むほか、日本で開催される日米豪印4か国の「クワッド首脳会議」にも出席する。さらに、6月下旬、スペインで開催されるNATO(北大西洋条約機構)の首脳会議に、ユン氏は岸田首相とともに招待される予定で、日米韓の首脳会談も開催されるであろう。
 ユン次期大統領にすれば、就任早々、極めて重要な会議を続けて経験することとなる。席上、ユン氏は中国や北朝鮮を念頭に、日米韓と日米豪印を基軸とした、アメリカのアジア太平洋戦略に、そして、民主主義や法の支配などの価値観で連帯結束するNATOの欧州戦略にどう関わるかが問われることとなろう。就任直後とはいえ、その問いかけに待ったはない。
羽太 宣博(元NHK記者)

Authors

*

Top