シミュレーション「ポスト プーチン」

 「ウクライナ国境はこれから厳しい冬。ロシア兵は何故こんな所で戦わねばならないのか意味が分からない。しかし、ウクライナ兵はウクライナを必ず守り抜くという強い意志を持っています。絶対に負けません。」先々月(2月9日)東京・千代田区内幸町の日本記者クラブで駐日ウクライナ大使、セルギー・コルンスキー氏がこう言い放った時、記者会見場には“えっ“という雰囲気が漲った。大使のから元気では無いかと疑っていた。
 それもその筈、その時既にウクライナ国境には演習と称して15万人ともされるロシアの大軍が集結していた。又、大使の記者会見から一週間後、アメリカの民間衛星会社が高空からのある映像を公開した。ロシアと協同歩調を取る隣国ベラルーシ国境からウクライナの首都キーウ(キエフ)まで120kmの地点にある河川に戦車部隊の渡河も可能という「ポンツーン」(浮き橋)が写っていた。
 数日後、アメリカのバイデン大統領は「ロシアは先ず首都キーウを陥落。ウクライナ現政権を倒して、傀儡政府をつくる積もりだ。」と警告した。ウクライナは“風前の灯だ”と世界中が思った。
 そして、2月24日、ロシアのプーチン大統領はTV演説を通じてウクライナに“宣戦布告”した。だが、まもなく戦いは世界の予想とは違う様相を見せる。プーチン氏の演説から一ヶ月余り、バイデン氏は、今度はなんと「ロシアのキーウ攻撃は失敗。一部の部隊が撤退を開始した」と指摘、プーチン氏による今回の戦争の最大の目的「ウクライナ現政権の転覆」は頓挫したとする趣旨を述べた。ロシア軍の“弱さ”は世界中の軍事専門家を驚かせた。と同時にプーチン氏の周辺で何か異変が始まっている。プーチン政権は“安泰なのか”という疑問が生じた。
 そこで、ここで既に明らかになっている情報を評価しながら、シミュレーション「ポスト プーチン」を4通り考えてみる。

1、はプーチン氏が排除されるというハードランディングのケース。攻撃失敗の責任をめぐって軍や情報機関トップとの確執が伝えられている。例えば、軍のクーデター(暗殺、毒殺を含む)でプーチン氏が姿を消す。ロシアは大量の核を保有する軍事独裁国家となるかもしれない。

2、“プーチン皇帝”が誕生するというケース。プーチン氏がめでたくウクライナを征服した事を意味する。

3、プーチン氏は次第に“壊死”してゆくというケース。ウクライナでの戦争は長期化。欧米を中心とするロシア経済への制裁が厳しさを増し、ロシア国民が貧困に追い込まれるだけでなく、プーチン氏の権威も弱って大統領としての次の任期2024年を超えて続投できるのか?かつてのソ連邦がアフガニスタンに介入、”10年戦争“を経て敗退、それがソ連解体の主因の一つとなった。

4、最後は、プーチン氏は当面権力を維持できるというケース。今行われている和平交渉の結果、ウクライナが東部(ドンバス)をロシアに割譲、代わりにウクライナの安全を保障する条約が欧米各国等によって署名される。

 さて、2、プーチン氏の”皇帝への道”はもはや断たれただろう。又、4、和平交渉の結果、ウクライナのため多国間で安保条約が成立するという可能性は分裂が進む今の世界の政治情勢からみて極めて難しいだろう。結局、プーチン氏は、ドラスティックに排除されるか、ウクライナ戦争の長期化に伴って次第に弱ってゆく”壊死“の道を辿るのか?
 ところで、4年前の2018年暮れ示唆に富む一冊の本が出版されている。「プーチンの戦争」(筑摩選書、毎日新聞記者、真野森作著)だ。終章にアメリカ・ワシントンD.C.で研究生活をしているアンドレイ・イラリオノフ氏のインタビューが掲載されている。イラリオノフ氏は2000年から5年間プーチン大統領の経済顧問を勤め、その後、彼のもとを去った。
 「プーチン氏は既に10年前からクリミア半島のロシア編入などウクライナ支配戦略を練ってチャンスを窺っていた。彼にとってクリミア奪取(2014年)は小さな目的。次がウクライナ東部(ドンバス)奪取。そして最大の狙いはウクライナ全体を支配する事だ。ソ連邦崩壊で独立国としてロシアを去ったウクライナを取り返し、ベラルーシと併せてかつてのルースキーロシア(ロシアの世界)を再現する事、つまり領土拡張に賭けていた。」とイラリオノフ氏は今を予言していた。
 プーチン氏は今回のウクライナ侵攻前の2月21日夜のTV放送でボルシェビキ(ソ連共産党)の首魁の一人、レーニンがウクライナを国(ソ連邦共和国の1つ)としてしまった。それが誤りだとすると趣旨の演説をしている。実は、晩年、敵に追われて隠れ家に棲むレーニンの料理人を勤めたのがプーチン氏の祖父だったという。プーチン氏の思考回路は未だ謎が多い。
陸井叡(叡office)

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