新聞ジャーナリズムよ、反骨精神を忘れるな

 獣医学部の新設をめぐる加計学園問題の読売新聞と産経新聞の報道ぶりに驚かされる。安倍政権擁護の「御用新聞」と批判されても仕方ない。読売は情報量が多く、ニュースの分析力もしっかりしていると評価していた。産経は十年間、私が論説委員として社説を書いてきた新聞社だ。それだけに残念である。
 加計学園問題の報道のなかで大きな節目となったのが、朝日の5月17日付朝刊1面の特ダネ記事だった。要約するとこうなる。
 「加計学園の国家戦略特区に獣医学部を新設する計画について、文部科学省が内閣府から『官邸の最高レベルが言っている』『総理のご意向だ』といわれたとする記録文書が文科省内に存在した」
 加計学園は安倍晋三首相の親しい友人が理事長を務めている。それゆえ新設計画に安倍首相の意向が働いたかどうか。記録文書がこの疑惑を解くカギになる。朝日新聞も意識してか、秋篠宮ご夫婦の長女、眞子さまの婚約ニュースを2番手に回してこの特ダネを1面トップに添えた。
 当初、政府は記録文書を怪文書扱いにして存在も否定した。しかし5月25日、渦中の前川喜平前次官が記者会見して「記録文書は存在する」「行政がゆがめられた」と証言した。
 ここで問題の読売の記事(5月22日付)。扱いは第1社会面のカタ(2番手)。文科省在職中に前川喜平前次官が東京・歌舞伎町の出会い系バー通いをしていたとのスキャンダル。特ダネとして掲載された。
 推測だが、このタイミングでこのニュースを掲載する以上、政府側が読売にたれ込んだ可能性があるだろう。不道徳をにおわせる話で問題の焦点をぼかして世論を見方に付けようとする作戦はよく使われる。たとえば1972年の西山事件がそうだ。
 毎日新聞客員編集委員の牧太郎氏も、夕刊コラム(6月5日付)で「《売買春の可能性がある風俗産業→そこに頻繁に通っていた元官僚→そんな人物の言い分を信じてはならない》の三段論法? だが、僕には『前川さんVS安倍内閣・読売新聞』の構図に見えてしまう」と書き、「あの『西山事件』を思い出した」と述べている。
 毎日の西山太吉記者が、沖縄返還協定に関する日米の密約の情報を社会党議員に提供。密約が国会で追及され、世論は政府を強く批判した。ところが情報を西山記者に流したのが、不倫相手の外務省の女性事務官だった。2人は「ひそかに情を通じ…」として国家公務員法違反容疑で逮捕、起訴され、政府は世論の批判をかわす。これが西山事件である。
 次に6月3日付の読売新聞朝刊。社会部長名で「次官時代の不適切な行動」「報道すべき公共の関心事」との見出しを付けた記事が出ている。前川前事務次官のスキャンダル報道についての弁明に読める。
 記事は冒頭から「読売新聞の記事に対し、不公正な報道であるかのような批判が出ている。しかし、こうした批判は全く当らない」と主張。そのうえで「記者会見した前川氏は『私の極めて個人的な行動を、どうして報じたのか』などと語ったが、辞任後であっても、次官在職中の職務に関わる不適切な行動についての報道は、公共の関心事であり、公益目的にもかなうものだと考える」と書く。
 なるほど、その通りかもしれない。しかし「文科省の最高幹部が、違法行為の疑いが持たれるような店に頻繁に出入りし…不適切な行為であることは明らかである」と社会部長が自ら筆を執るほどのニュースならば、なぜ第1社会面のトップにするなど大きく扱わなかったのか。躊躇させる何かがあったのだろう。
 一方、産経は5月27日付1面に「混迷文科省 前次官〝告発〟」というタイトルの企画(上)を掲載。その企画の主見出しが「義憤の顔は本物か」である。企画の終盤は「前川は昨秋、『出会い系バー』への出入りについて官房副長官の杉田和博から注意を受けた。今年1月には文科省の組織的天下り問題を受けて引責辞任。こうした経緯から、告発は義憤ではなく政権への意趣返しなのではないか、との見方も出た」と書かれている。
 企画としての切り口は斬新でおもしろいかもしれない。だが安倍政権擁護が先にあるような気がしてならない。
 読売と産経は保守系の新聞である。ここに何ら問題はない。ただ新聞各社は部数が激減していくなかで固定読者を維持する必要がある。そのために保守はより強固な保守的紙面を作ろうとする。もちろん逆の革新系の朝日や毎日にも同じことがいえる。
 独断と偏見だが、その風潮のなかで保守系の新聞は、御用新聞に陥っていくのかもしれない。新聞の大きな役割は権力の監視である。その新聞が権力を批判する反骨精神を失っては元も子もない。  
木村良一(ジャーナリスト)

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