拡大ミニゼミリポート トランプ再選の背景~ジャーナリズム論の立場から~

 アメリカ時間の1月20日、日本時間の21日にトランプ氏が、再びアメリカ合衆国の大統領に就任した。今回のアメリカ大統領選挙では、既存の新聞、テレビではなく、いわゆる陰謀論の拡散を含め、SNSが戦略的に活用され、トランプ圧勝に大きな役割を果たしたと指摘されている。一方、日本でも、一連の選挙で有権者の投票行動へのSNSの影響が無視できないという状況が生まれている。
 そこで、綱町三田会とメディアコムでは、この日にあわせて、拡大ミニゼミを開催し、アメリカ大統領選挙を、主にジャーナリズム論の立場から、議論を深めていくことにした。慶応義塾大学三田キャンパスの大学院校舎で開催された拡大ミニゼミには、メディアコムの先生や研究生、綱町三田会のメンバーに加えて、一般の現役ジャーナリストやメディア研究者など、およそ40人が参加した。また、特別ゲストとして、ニューヨークに在住し、大統領選挙を含め、20年にわたってアメリカ政治を取材してきた、ジャーナリストの津山恵子さんと、伊藤忠商事社員として長くアメリカに駐在し、今もアメリカの共和党に人脈を持つ、松見芳男さんの2人がZoomで参加した。
 はじめに、津山さんが、厳寒の中、屋内で挙行されるなど、まさに異例尽くしであった大統領就任式の様子と、これを見守る市民の表情を報告したあと、大統領選挙を通じてのメディアの課題を3つ取り上げた。
 1つはファクトチェックだ。アメリカの主要メディアは、トランプ氏の演説について、3分ごとにファクトチェックの速報を出していたとしたうえで、これが続かなくてはいけない、ニセの情報に一般の人が慣れてしまわないように、メディアがいちいち伝えていかなければならないと、指摘した。2つ目に、編集判断の透明性をあげた。トランプ支持者の3割から4割は陰謀論を信じているという風に痛感しており、たとえば調査報道においても、それを始めた理由や事実の裏付けを、読者や視聴者に伝えていかなければならないと、強調した。3つ目にあげたのが、SNSとの戦いだ。去年の大統領候補者のテレビ討論で、主要メディアが勝敗を伝えるずっと前に、トランプ氏が、SNSで「私が勝った」と短い言葉で発信し、勝利を印象付けようとしていたことを例にあげて、新聞、テレビのメディア側がSNSでのスピード感のある、短い、突き刺さるような事実の伝え方を開発し、対峙していかなければならないとした。さらに、それによって、間違った情報に対するSNSのあり方を打ち立て、主要メディアの力不足を目の当たりにしているだけに、解決していってほしい、と結んだ。
 続いて松見さんは、トランプ勝利の背景について言及し、前民主党政権の失政があり、国民が不満や怒りを感じていたことに加え、トランプ陣営が、大統領の時も含めて、SNSを戦略的に活用してきたことを勝因としてあげた。また、トランプ氏が、アメリカ国民の不満や不安を従来以上に受け止めてくれる政治家、白人労働者をはじめ困っている層の身を挺して、思い切った発言をしてくれる政治家として、期待を集めて、支持層を拡大してきたとした。さらに、新聞、テレビといった、言わばアメリカのオールドメディアについて、経営が難しくなっていて、信頼の低下が進むことが懸念されることや、SNSなどによる情報多様化の中で、ワンオブゼムのメディアになってきて、どう対応していくか問題提起されていることなどをあげて、アメリカのレガシーメディアは逆風の時代にあるとまとめた。
 このあとの質疑応答では、去年の兵庫県知事選挙で、SNSが斎藤元彦知事の再選に大きな影響を与えたのではないか、トランプの選挙戦と似たような問題を抱えていたのではないかと指摘されていることにも話が及んだ。これに関連して津山さんからは、「テレビや新聞の選挙報道は公正中立などのルールがあると思うが、SNSの世界は自由に発信できる。伝統的なプラットフォームでは制限を守るしかないので、メディアはSNSの世界で対抗していくべきではないか。これまでの日本のメディアの選挙報道を見直すいいチャンスではないか。」との意見が示された。
 参加者と2人の特別ゲストの間では、これ以外にも、SNSのメタでのファクトチェックの状況や日本への影響、日米のメディアの力と調査報道の実情、ポッドキャストにみられるアメリカ大統領選挙でのインフルエンサーの台頭といったメディア関連から、イーロンマスク氏を抱えたトランプ政権の内情、保守政治思想としてのMAGAの実態、アメリカの分断の具体状況といったアメリカの政治、社会情勢まで、多岐にわたるやり取りが行われ、およそ2時間の拡大ミニゼミを終えた。
 それから1週間後、共同通信によると、ホワイトハウスで行われた、トランプ政権発足後の初めての定例記者会見で、「新たなメディア席」を設け、これを、これまで席を割り当てられていなかった新興メディアに割り振ると発表された。理由は、若者を中心にマスメディアへの信頼感が下がり、ポッドキャストやブログ、ソーシャルメディアなどでニュースを得る傾向が強まっているからだという。トランプ大統領の下で、SNSなどの新興メディアが幅を利かせる状況が、アメリカではさらに強まりそうだ。
松舘晃(元NHK記者)

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