■警報レベルのインフルエンザ
昨年12月のメッセージ@penで「インフルエンザの今後の感染拡大が心配だ」と書いたが、その懸念が的中した。
厚生労働省によると、全国約5000の定点医療機関から12月4日~10日の1週間に報告されたインフルエンザの感染者の数は、1医療機関あたり33.72人となり、警報レベルの30人を超えた。警報レベルを超えるのは、2019年の1月以来である。次の11日~17日の1週間は1医療機関あたり29.94人と警報レベルをわずかに下回ったが、本格的な流行はこれからである。
今後、正月休みの人の移動で感染が広まり、会社や学校が始まるとさらに感染は拡大する。しかも新型コロナの感染予防対策が長く続き、インフルエンザウイルスにさらされる機会が減ってインフルエンザに対する私たちの免疫力が落ちている。今シーズン(昨秋~今春)のインフルエンザの流行はかなりのレベルになるだろう。
一方、同じ1週間(11日~17日)に約5000カ所の定点医療機関から報告された新型コロナの感染者数は、1医療機関あたり4.15人だった。インフルエンザと比較すると、かなり少ないものの前週(3.52人)の1.18倍で、4週連続で増加している。新型コロナも冬場に流行する呼吸器感染症である。インフルエンザと同様にワクチンを接種するなど注意を怠らず、手洗い、うがい、そして健康管理を励行してほしい。
■鳥インフルは初の4シーズン連続発生
インフルエンザや新型コロナ以上に心配なのが、鳥インフルエンザの流行である。農林水産省によると、今シーズン初めて感染が確認されたのは、佐賀県鹿島市の養鶏場だった。昨年11月25日、佐賀県は死んだニワトリの遺伝子検査で「高病原性の鳥インフルエンザウイルスが検出された」と発表、採卵鶏4万羽を殺処分するとともにニワトリや卵の移動制限を求めた。
続いて茨城県笠間市の養鶏場でも感染が判明し、茨城県は11月27日、感染を公表して採卵鶏7万2000羽の殺処分を始めた。さらに30日には埼玉県毛呂山町の養鶏場で、12月3日には鹿児島県出水市の養鶏場で、それぞれ感染が確認された。いまのところ、発生の確認は4県4事例である。
鳥インフルエンザは昨シーズン(昨秋~今春)には、26道県で84件発生し、過去最多の1771万羽のニワトリが殺処分された。2004年1月に79年ぶりに日本国内で発生した後は数年おきの発生だったが、今シーズンも確認されたことでその発生は初の4シーズン連続となっている。ハクチョウやノスリ、ハヤブサなどの野鳥からも感染が確認されている。それだけ鳥インフルエンザの感染が増加しているわけである。
鳥インフルエンザの宿主はカモだ。カモは感染しても問題ない。冬になると、そのカモたちがシベリアから日本に飛来する。朝鮮半島経由で飛んでくるカモも多い。鳥インフルエンザのウイルスは腸内で増える腸管ウイルスで、カモの糞に大量のウイルスが存在する。その糞に触れた小鳥や小動物、昆虫が鶏舎の隙間から入り込んでウイルスがニワトリに感染している。シベリアではウイルスが蔓延し、この悪循環が世界中で発生、しかもシーズンはまだ続く。まさしく鳥インフルエンザのパンデミック(地球規模の大流行)である。
■新型インフル出現の危険性
なぜ、鳥インフルエンザの流行が心配なのか。それは鳥インフルエンザが人に直接感染するだけではなく、このまま流行が続くと、人から人へと次々に感染する人の新型インフルエンザに変異してパンデミックを引き起こす危険性があるからだ。鳥の間で感染が広がると、その分様々な変異が生じ、なかには人に感染するように変異するケースが出てくる。人のインフルエンザウイルスと混じり合う遺伝子の再集合も引き起こす。新型インフルエンザの出現である。
新型インフルエンザは分かっているだけでも、1918(大正7)年のスペインかぜ(H1N1)、1957(昭和32)年のアジアかぜ(H2N2)、1968(昭和43)年の香港かぜ(H3N2)、それに2009(平成21)年のブタ由来のマイルドなウイルス(H1N1)と計4回出現している。これらの新型インフルエンザはすべて鳥インフルエンザだった。
新型インフルエンザが出現すると、「世界で7400万人が感染して亡くなり、日本国内でも4人に1人の割合で感染して17万~64万人が命を落とす」とWHO(世界保健機関)や厚生労働省は20年ほど前から警告してきた。病原性(毒性)や感染力が強いと、これを軽く超える被害が起きる。新型コロナの場合、日本では3年で6万7000人超の死者数を記録したが、新型インフエンザはこの3~10倍、いやそれ以上の死者数を出すことになる。
たとえばスペインかぜの場合、日本では足掛け4年(1918年8月~1921年7月)で計2380万4700人が感染し、うち38万8700人が感染死(致死率1.63%)した、との記録が残っている。ウイルスの存在自体がよく分からず、いまのような医療もなかった100年以上前のことだから40万人近い死者を出したのは無理もないが、新型インフルエンザの脅威を示していることには間違いない。
■鳥エボラと呼ばれる「H5N1」
インフルエンザは大きく分けてA、B、Cの3つの型に分類される。B型やC型は変異が少なく、問題なのは変異を繰り返してパンデミックを引き起こすA型インフルエンザウイルスである。
専門的な話になるが、このA型ウイルスの表面には、ヘマグルチニン(HA)とノイラミダーゼ(NA)と呼ばれる2種類の糖タンパク(アミノ酸)がスパイク状にいくつも付いている。ヘマグルチニンには1~16の亜型が、ノイラミダーゼにも1~9の亜型が存在し、スペインかぜのH1N1や香港かぜのH3N2などのようにそれぞれの亜型の組み合わせによってタイプが決まる。つまり自然界には16×9=144のA型インフルエンザウイルスのタイプが存在していることになる。
なかでも病原性が高く、ニワトリが感染すると内臓や筋肉など全身から出血して死んでいくのが、「H5N1」タイプである。その病態から「鳥エボラ」「鳥ペスト」と呼ぶウイルス学者もいる。いま流行している鳥インフルエンザのウイルスが、まさにこのH5N1なのである。
もちろんこのH5N1タイプは人にも感染する。WHOによると、2003年11月以降、インドネシアで200人が感染してうち168人が死亡するなど、世界23カ国で計880人が感染し、うち460人が亡くなっている。このH5N1ウイルスが高い病原性を持ったまま人の新型インフルエンザウイルスに変異した場合を考えると、恐ろしくなる。
農水省は、「鶏卵・鶏肉の安定供給のために感染したニワトリが出た養鶏場のニワトリをすべて殺処分している」と説明しているが、新型インフルエンザ発生の防止のためにこそ、殺処分が必要なのだ。報道機関が「卵の値段が跳ね上がって食費を圧迫している」と指摘するが、重要なのは卵の値上がりを抑えることよりも私たちの命を守ることである。このまま鳥の間で感染が続くと、その先には新型インフルエンザへの変異が待っている。
新型インフルエンザは必ず出現する。しかし、それがいつか分からないところに難しさがある。導火線に火が点いた状態であることは間違いない。今年は鳥インフルエンザの発生状況に注意したい。
木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)