■第8波に備えた新ワクチンの接種が始まった
新型コロナの変異ウイルス、オミクロン株に対応する新たなワクチンの接種が9月20日、全国各地の集団接種会場でスタートした。振り返ると、高齢者への新型コロナワクチンの接種が始まったのが1年半前の昨年4月。当時、準備不足から輸入調達や国内配送につまずき、接種が大幅に遅れることがあった。
基本的に5回目の接種となるが、今回は初めてのオミクロン株対応の新ワクチンだ。インフルエンザワクチンの接種とも重なる。新型コロナワクチンの節目である。必要量を確保して迅速に接種現場に届けられるよう、国や自治体には過去の失敗を教訓にスムーズな接種を進めてもらいたい。打ち手不足の解消も忘れてはならない。
オミクロン株対応ワクチンは2つの異なる成分が含まれ、2価ワクチンと呼ばれる。2成分を混ぜたことで変異ウイルスに幅広く対応できる。具体的には、中国・武漢(ウーハン)由来の従来株の遺伝子情報をもとに作られた成分と、オミクロン株流行初期のBA・1をもとにした成分が入っている。流行を繰り返しているオミクロン株と、流行の終わった従来株の両方に効き目があり、従来株から発生する可能性のある新タイプの変異株にも対応できる。つまり、第8波以降の流行の波に備えたワクチンなのである。
■mRNAワクチンは牛痘接種以来の快挙だ
新型コロナワクチンの中核を占めるのが、m(メッセンジャー)RNAワクチンと呼ばれる遺伝子ワクチンだ。米製薬会社のファイザーと独製薬企業のビオンテックが共同で開発したものと、米バイオテクノロジー企業のモデルナが製造したものとがある。
mRNAワクチンは、人工的に合成したRNAの断片(ウイルスを複製する遺伝子情報)をメッセンジャー(抗原)として人体に投与することで免疫の抗体タンパクを作って発症や重症化を防ぐ。ウイルスを培養して増やす必要がないことから製造の時間が極めて速い。ワクチンとしての実用化は初めてだったが、効き目が高いことが証明された。その反面、有効期限が半年と短く、常温だと急速に効果が失われてしまい超低温での冷凍保存が欠かせないなどの難点があった。初の実用化に当たり、こうした難点を克服し、世界各国で実用化に成功して人類を新型コロナの感染危機から救った。
mRNAワクチンの開発はノーベル賞に値する。1796年、天然痘(疱瘡、痘瘡)に対し、牛痘ウイルスを接種して感染を防いだイギリスの医師、エドワード・ジェンナー以来の快挙である。このジェンナーの牛痘接種が種痘の始まりで、ヒトが持つ抗原抗体反応を利用したワクチンの発明だった。天然痘ウイルスは種痘ワクチンによって地上から姿を消し、1980年5月8日、WHO(世界保健機関)は天然痘根絶を宣言した。天然痘は数千年前のエジプトや中国、インドで流行した記録があり、古代から人類の最大の脅威として恐れられてきた。
■中長期的な観点からの観察と考察が欠かせない
「mRNAワクチンの開発はノーベル賞に値する」と称賛したが、他のワクチンと同様に副反応はある。倦怠感、頭痛、局所の腫れ、筋肉痛、関節痛がそれで、意識障害を引き起こすと命取りになる危険なアレルギー反応のアナフィラキシー症状も報告されている。副反応は接種直後に起きることが多く、接種した後、医療機関に一定時間とどまるのはこの対応のためである。
ワクチンにも薬害と同じような失敗がある。たとえば、新型コロナとウイルス構造がほぼ同じ重症急性呼吸器症候群のSARS(サーズ)のワクチン開発は、マウスへの投与の段階で重い副反応が出現して行き詰まった。日本では過去に麻疹、おたふく風邪、風疹対応の三種混合のMMRワクチンで、おたふく風邪ワクチンの成分が重度の副反応を引き起こした例があるほか、近年では子宮頸がんワクチンで一部の接種者に出た重い副反応が十分に解明できず、厚生労働省の積極的推奨が長期間にわたって中止された。
mRNAワクチンは初めてのワクチンだけに人体にもたらす作用がすべて解明されているわけではない。3年後、5年後、10年後という長いスパン(間隔)での人体に与える影響も不透明である。「投与されたRNA断片は体外に放出されて消えてなくなる」というが、人体に抗体を作る作用があるわけだから遺伝子に何らかの跡(記憶)を残す。中長期的な観点からの観察と考察は欠かせない。
■今冬はインフルエンザが流行する可能性がある
ここで断っておくが、私はワクチンこそ感染症に太刀打ちできる大きな武器だと考えるワクチン肯定派である。産経新聞の論説委員時代には、インフルエンザの予防について「打てばたとえ罹患したとしても症状の悪化は防げる。ワクチンは最良の予防だ」との趣旨の社説を書いていた。ワクチンは、一定の変異に対して抗原抗体反応が維持されれば、その効果は高い。
ところで、今冬はインフルエンザが流行する可能性がある。その理由として次の3点が挙げられる。
- 今年の冬を経験した南半球のオーストラリアで感染が激増した
- 2年間流行がなく、免疫を持つ人が減った
- 行動制限と水際対策の緩和で人と人との接触機会が増えている
基本的に新型コロナもインフルエンザも同じ冬場の呼吸器感染症だ。インフルエンザが流行すると、今冬は新型コロナとインフルエンザの同時流行の恐れがある。同時流行すると、医療機関がパンクして重症化する感染者が増える。それゆえ、新型コロナワクチンだけではなく、インフルエンザワクチンの接種も勧めたい。海外からの報告によると、両者を同時に接種しても有効性と安全性は担保できるという。
ただし、ワクチンは薬剤と同じように人間の体にとって異物で、副反応は避けられない。必要悪と言ってもいい。そのあたりを自分でよく理解したうえで、副反応と効果(リスク&メリット)を天秤にかけ、接種のメリットが上回るようなら打つべきである。ちなみに私は毎年インフルエンザワクチンを接種しているし、新型コロナワクチンもすでに4回接種した。
木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)