ミニゼミレポート「ジャーナリズムと資金」

 近年、あらゆる分野でデジタル化が進み、人々の情報空間も大きく変化した。社会の変化に伴い、人々に向けて情報を発信してきたメディアもデジタル改革を進めている。
 多くの人々が情報をインターネット空間で入手するようになった中、一方で、インターネット空間で発信される情報は、「誰が・どういう目的で・どのように発信しているのか」が曖昧になりやすい。透明性を担保する難しさが問題にある。
 例えば、コロナ禍で政権の動きに関心が高まる中で、政治に関わる情報を発信するネットメディア・Choose Life Projectが誕生したが、「公共メディア」を掲げていたのにも関わらず、その資金源に政党が関わっていたとして大きな問題となった。
 また、かねてより与党を支持し、野党を批判する偏向的な投稿で注目を集めていたTwitterアカウント「Dappi」は、その投稿に自民党が関与の可能性があるとして問題となった。
 上記の状況を踏まえ、2022年3月9日、「ジャーナリズムと政治の距離」というテーマで、2021年度最後のミニゼミが開催された。慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所所属の教授、学生、ジャーナリストが会議アプリzoomを用いて議論を交わした。
 ネットメディア・Choose Life Projectの資金源が問題視されたのは年明けである。2022年1月5日、「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」が公表されたことが事件の発覚の発端だった。公表したメンバーは小島慶子氏、津田大介氏、南彰氏、望月衣塑子氏、安田菜津紀氏といった、Choose Life Projectが制作する番組に司会やゲストとして出演してきたメンバーだ。
 そもそも、この「Choose Life Project」とは、「自由で公正な社会のために」という理念を掲げ、独自の報道番組や映画、ドキュメンタリーを制作し、YouTubeで発信している団体である。発信内容としては主に政治に関わるニュースであり、国政選挙などに合わせた「投票呼びかけ動画」、生討論番組、国会”解説”動画、裁判に関する記録、オンラインシンポジウムなどを行っていた。テレビ報道の現場にいるにも関わらず、政治や社会の問題について十分に時間を割いて伝えられないことにジレンマを抱えていた有志たちが始めたプロジェクトであった。2020年7月には「自由で公正な社会のために新しいメディアを作りたい」というタイトルでクラウドファンディングを開始して資金を集め、「公正メディア」として活動していた。
 「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」によれば、Choose Life Projectは立憲民主党から「番組制作費」として1000万円以上の資金提供を受けていた。公党からの資金提供を受けていたのにも関わらず、Choose Life Projectは「自由で公正な社会」を理念に掲げ「公共メディア」として活動していたことに、抗議がなされた。また、公党との関係を公表せずに一般視聴者から資金を募っていた事実も、問題視されている。
 議論では、「制作者は報道出身ではなかったため、政党から資金提供を受けることの重要性を十分に理解していなかったのではないか」という意見が挙がった。Choose Life Projectが活動を始めたのはコロナ禍で社会が全体的に不安定で、政府主導の政策がどんどんなされた時期だ。政権の動きへの関心が高まる流れの中で、「公共メディア」としての活動方針の決定、サポーター資金源の確保が同時並行的になされ、ジャーナリズムと政治の距離に関して十分に検討されなかった可能性がある。それに対して、「報道の経験がないとはいえ、公党からの資金で番組制作を行い、公党との関係を秘匿していた行為は余りにも無神経である。重要性を理解した上で秘匿していたと思う」という反論もされた。
また、Twitterアカウント「Dappi」に関しても議論がなされた。
 Dappiとは立憲民主党や共産党、マスメディアを厳しく批判していたアカウントだ。昨年、Dappiの投稿に自民党が関与している可能性が浮上し大きな問題となった。「Dappi」の投稿が名誉毀損にあたるとして、立憲民主党の議員が裁判所に発信者の開示請求をしたところ、使われたインターネット回線が、東京都内のウェブコンサルティング会社のものであることが発覚した。そして、このウェブコンサル会社は、自民党や大手出版社からウェブサイト制作などを受注した会社であり、Dappiと自民党の関係性が疑われたのである。しかし、「投稿者が誰なのか」は未だに判然としていない。
 Dappiに関しての議論では、その悪質性を、多くのジャーナリストたちが指摘した。Dappiの投稿には、事実と異なる情報や一部の情報を切り取ったミスリーディングな投稿が散見されていた。もし自民党が投稿に関わっていた場合、インターネット空間の世論を操作するため、個人を装っていた可能性が出てくる。ただでさえ、インターネットはアルゴリズム上、自分の見たい情報しか見えなくなる「フィルターバブル」の問題がある。その中で人々の価値観・考えを醸成する意図を持って、あたかも個人の人間が発信しているかのように公党のプロパガンダに近い投稿をするのは大きな問題だ。
 一方で、インターネット空間で情報発信に関して、発信者が匿名であることが許されている以上、一般の人々がSNS上の情報の正確性を判断するのは難しいだろうという意見も挙げられた。ジャーナリストからの「SNSは意見の発信の場としては適しているものの、情報を入手するのには向いていない。信頼できるメディアに当たってほしい」と意見があった。同時に、学生からは「信頼できるメディアから情報を入手することの重要性は理解しているものの、世の中のトレンドや意見を知りたいときは、やはり『便利さ』でSNSを参考に見てしまう」という率直な意見もあった。また、今回の議論で初めてChoose Life ProjectやDappiの問題を知ったという学生も多く、「全体的に若者は政治に関わる情報への関心が薄いと思う」という若者の政治離れについても一部指摘があった。
 このようにChoose Life ProjectやDappiについて議論がなされたが、日本ではまだ政治系のSNSアカウントやwebサイトについての事例は少数で弱小である。しかし、アメリカの2016年の大統領選挙では、ヒラリー・クリントン候補を攻撃した匿名のSNSアカウントに、ロシアのプーチン大統領が関与していた可能性が浮上し、大きな問題となった。日本でも今後、政治に影響を及ぼすネットメディアやSNSが生まれるかもしれない。資金源はどこからきているのか?運営者はどんな人物なのか?私たちは一段と気をつける必要があるだろう。
 ミニゼミの後半では、インターネット時代の新聞のあり方についても議論が及んだ。紙離れが叫ばれている新聞業界でも、デジタル化が進められている事例がある。アメリカのワシントン・ポストは、インターネット戦略によって電子版購読者数を大きく増やし、経営不振を乗り越えた。
 2013年10月、ワシントン・ポスト社はネット時代をチャンスに変えるために2つの目標を打ち立てた。1つ目は、「首都ワシントン地域に焦点を絞る」という戦略を改め、全国紙・国際紙を目指すことである。2つ目は「若い世代を引きつけること」だ。1つ目の目標については、インターネットを活用し、ほとんどコストをかけずに全国・海外の人にニュースを届けた。また、2つ目の目標を達成するために、インターネット上のコミュニケーションに精通しているジャーナリストを採用した。典型的な新聞で使われる文体や構成ではなく、親しみやすい話し言葉を使って文章を書くことで、若い世代の読者を惹きつけたのである。これらの取り組みによって、ワシントン・ポスト社はインターネット時代の新聞社における新しいビジネスモデルを確立させた。
 一方、日本の新聞業界はデジタル改革を進めることができていない状況だ。日本の新聞社も電子版の配信には取り組んでいるが、購読者数は伸び悩んでいる。「ワシントン・ポスト社はデジタル改革を成功させることができたのに、なぜ日本の新聞社はインターネット展開を進めることができないのか」という問題について、議論が行われた。
 議論の中では、「日本の新聞業界では、販売店が紙媒体を販売しており、販売網が発達している。そのため、販売店を撤退させることができず、大きなデジタル改革に踏み切ることができない」という指摘がされた。紙媒体の販売を販売店に委託することで、販売店に雇用が生まれている。このような日本の新聞業界のビジネスモデルが、デジタル改革の足を引っ張っている可能性があるといえる。
 また、「ワシントン・ポスト社のようなアメリカの新聞では、英語で記事を書くことが容易である。そのため、インターネット展開によって簡単に「国際紙」を目指すことができる。しかし、日本の新聞社が英語の記事を書ける人材を確保するのは簡単ではない。」という意見もあった。
 このように、日本の新聞業界はアメリカの新聞業界と比較して、デジタル改革が難しい現状がある。しかし、インターネット時代に、新聞業界が克服すべき課題はクリアになっているといえるだろう。日本のジャーナリズムが生き残るためには、どのように紙媒体の新聞を縮小させるか、どのように国際紙を目指すか、早急な対応が求められるのではないか。
慶応義塾大学法学部3年金子茉莉佳、塩沢栄太

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