シリーズ コロナ後5年の世界Ⅸ 宇宙・量子を巡る米中対立

 台湾の対岸に位置する東部戦区中国人民解放軍は8月17日に、台湾付近で実弾演習を行ったとし、そのビデオを公開した。これは、5月に敵を想定した「藍軍」が守る市街地を、「紅軍」がドローンやロボットなどAIを使った最新兵器も駆使して攻め落とす攻城戦の訓練を実施した大規模演習に続くものだ。

 アメリカのインド太平洋軍デービッドソン司令官(今年春退任)は「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性あり」と警鐘を鳴らし、その後任となったアキリーノ海軍大将も「台湾有事は多くの人が考えている以上に切迫している」と警戒をあらわにしている。今後5年で本当に台湾有事が起こるのだろうか。

 中国の人民解放軍が攻勢をかけている一方アメリカ軍の机上演習ではなかなか勝ちがなく、台湾海峡が緊迫していることは確かだ。しかし、5月の模擬攻城戦は、台湾を威嚇すると同時に、創立100年を迎える共産党の私兵、人民解放軍の実力を国内にアピールし、中華民族の偉大なる夢の実現に向けて台湾解放への準備ができているとのメッセージを発したものだ。そして最近の演習はアフガニスタンをいとも簡単に見放したではないか、台湾へのアメリカの支援は当てにならないよとのメッセージを送るためのものだ。

 デービッドソン前司令官が6年以内というのは、習近平氏が共産党大会で絶大な権力を握ったとすれば中国の核心的利益を確保するために行動を起こす可能性が高いという憶測であり、中距離ミサイルの配備では圧倒的に不利になっている現状を改善するための予算獲得の意図をもつものだ。権力を握った習近平氏にとって台湾解放では絶対失敗が許されないもので、無様な勝ちでは権力の座から引きずり降ろされるだけに終わる。その意味で人民解放軍がモデルとしているのは湾岸戦争で電光石火の侵攻を果たしたアメリカ軍だ。

 アメリカ軍のクウェート侵攻は空白のなかでのものだった。アメリカ軍が監視している中で神業のような侵攻があり得るのか。人民解放軍の狙い目はアメリカ軍の指揮命令系統の要になっている衛星を撃ち落して混乱に陥れると同時に中国科学技術院が開発したAIで操作された119機のドローンを群れで飛ばす技術を使い台湾の基地を爆破することだ。確かに中国は衛星爆破の実験をし、その後もシュミレーションを繰り返し、その技術は優れている。だが、アメリカ軍もシステムに支障が生じた場合の反撃体制ができている。ドローンの攻勢は恐らく防ぎきれないだろうが、アメリカもまたインテルが2018年の平昌冬季五輪で1200台超のドローンでショーを披露し中国に対抗できる技術があることをみせつけ、今年の東京五輪でも1824台のドローンが五輪のエンブレムを形作り、それが平和を象徴する青い地球へと姿を変える演出に使った。

 簡単には、神業ができない。基本に立ち帰り、AI技術でアメリカに追いつき追い越すこと、そして量子技術時代の兵器体系をアメリカに先んじて整えることだ。AIでは中国が論文の数ではアメリカを追い抜き、トップ10%でもほぼ並んだことは広く知られている。そうなれば、「AI+」という応用では中国が有利に進んでいくだろう。

 では、量子ではどうか。中国が作り上げた驚異の量子暗号通信網は『ネイチャー』の2021年1月号に掲載された中国科学技術大学の潘健偉教授らのグループによる論文で全貌が明らかにされた。16年に打ち上げられた量子暗号通信衛星を介して、中国・南山区と中国・興隆県を結ぶ2600kmの暗号ネットワークが稼働しており、量子暗号の実用化で日米のはるか先を行っていることが分かったのだ。

 量子といえば、量子コンピューターで、グーグルが中国に先駆け「量子超越」を達成していることがハイライトされるべきではないのか。実は防御という意味では量子暗号システムの完成の意義は大きいのだ。もしある国が量子コンピューターを先に完成させ、それを現在の暗号方式を無効にするなど攻撃兵器として実用化するようなことになれば、他国の防衛システムは現在のサーバー攻撃で麻痺されている以上に無力化される恐れが強い。その意義を知る習近平は墨子号の打ち上げをになった潘建偉大を2013年の段階で政治局学習会議に呼び、衛星量子通信について講義をうけるとともにその開発に全力をあげるよう指示しているのだ。アメリカには量子コンピューターの完成に至る前に量子暗号化を防衛手段として普及させなくてはならないという課題を抱えたことになる。アメリカが日本との連携を求めるゆえんだ。

 だが、習近平が最も恐れるのは国民の不満が爆発して追い込まれて台湾進攻をしなければならないという事態だ。筆者がかつて森本敏氏やマイケル・オハンロン氏などとの共著の中で指摘した危険に外ならない。習近平氏が毛沢東の「共同富裕」を唱えているのは毛に匹敵する権力を得たいこともあるが、現状のままでは共産党がもたないと考えているからだ。台湾有事は5年の内にはないだろう。

高橋琢磨(元野村総合研究所主任研究員)

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