新型コロナワクチン接種についての懸念とその対策

 2021年2月17日、日本でも新型コロナワクチンの接種が開始された。米ファイザー社・独ビオンテック社が共同開発したこのワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンと呼ばれる新しいタイプのワクチンである。ウイルスの抗原タンパク質の遺伝子情報をもったmRNAが注射されると、その情報をもとに細胞内で抗原タンパク質が合成され免疫反応が誘導される仕組みである。このワクチン接種による新型コロナウイルス感染症の予防効果は95%と報告されており、優れたワクチンと言える。

 我が国で最初に特例承認を得たのは、米ファイザー社・独ビオンテック社のワクチンである。モデルナ社のmRNAワクチンも、日本での供給を請け負う武田薬品工業が3月5日に申請し、順調にいけば5月にも承認され、国内で二つ目の新型コロナウイルスワクチンが接種できるようになる見込みだ。そして、第三のワクチンは、英アストラゼネカ社のアデノウイルスベクターワクチンである。我が国では、先月初めに厚労省に製造販売申請されているが、最近、ワクチン接種後に血栓ができる副反応の疑いが報告されており、欧州で接種を一時中断する動きが広がった。

 アデノウィルスワクチンは、アデノウィルスがコロナウイルスの遺伝子情報を細胞内に運び、抗原蛋白質を合成して免疫力を発生させる仕組みである。

 既に、欧州医薬品庁は、アストラゼネカ社製の新型コロナウイルスワクチンは「安全で有効」であり、血栓症の発症リスクの増加とは関連していないとの結論に至ったと発表、アストラゼネカ社も安全性に問題ないとの見解を発表し、フランスやドイツのほか、イタリア、スペイン、スロベニア、ブルガリアなどで接種が再開されている。一方で欧州医薬品庁は、同ワクチンが非常にまれなタイプの血栓症と関連している可能性は「完全には排除できない」とし、製品情報に新たな警告文を加え、因果関係の調査を続ける方針を示している。アストラゼネカ社製ワクチンは、既に我が国において承認申請が行われているが、血栓症とワクチン接種との因果関係の追跡調査結果が承認審査に影響を与える可能性が懸念される。

 一方、米ファイザー社・独ビオンテック社のmRNAワクチンは、新型コロナウイルス感染症の発症予防効果が極めて高く有望なワクチンであるが、まだいくつかの懸念が残っている。

 第一は、まだ有効性のデータが十分ではないことである。ワクチンの治験では完全にその有効性を確かめることが理論的に難しい。ワクチンを接種しながら接種者の100万人以上の大量のデータを集めつつ、効果や副作用を確認する必要があるため、先行接種されている国々からの情報を根拠に判断していくしかない。例えば、現在のところ、無症候感染を抑止できるのか?15歳以下の児童や小児の感染も抑止するのか?新型コロナウイルスの感染そのものを阻止することができているのか?という疑問に対する答えはまだ得られていない。

 第二の懸念は、変異ウイルスに対する効果である。実際に、ブラジル型変異に対しては、ワクチンが効き難いのではという報告もある。ただし、まだデータが少なく、mRNAワクチンを接種した人が次々とブラジル型変異に感染して重症化したという報告は届いていない。新型コロナウイルスパンデミック発生後、mRNAワクチンは、新型コロナウイルスのゲノム情報の公表後、たった11か月でヒトに接種することができた。変異ウイルスに対しても充分対抗できるだろう。

 第三の懸念は、ワクチンの安全性である。しかし、安全性とは薬効(感染症の発症抑止効果)と天秤にかけて初めて議論できることを忘れてはならない。例えば95%の発症予防効果を持つファイザー社のワクチンは、死亡者数を抑制することは間違いないからだ。少なくとも現在、欧米日で認可もしくは認可が近いワクチンの治験データを見る限り、倦怠感や発熱、注射局所の発赤などの副反応は接種者の6割~8割に一過性に発生している。しかし、これはワクチンが体内で正常に機能し、新型コロナウイルスに対する抗体やT細胞性免疫が誘導されている証拠であり、ワクチンが効いていると認識すべきだ。ただし、免疫反応が暴走し、時には重篤な状態を招くアナフィラキシーには警戒が必要である。しかし、アナフィラキシーは極めて稀に起こるものであり、接種が先行したファイザー社のmRNAワクチンのアナフィラキシーの発症率は、100万回接種当たり5人と推定されるにとどまっている。我が国ではまだ3月9日の時点で、ファイザー社のワクチンだけが10万人超に接種されたばかりである。まだ評価する症例数が100万人規模に到達していないことから、アナフィラキシーの発症の頻度については慎重に議論しなければならない。今後、接種者の追跡、データの収集が重要である。

 第四の懸念は、ワクチン接種者が新型コロナウイルスに再感染した場合に、かえって重症化する抗体依存性感染増強(ADE)のリスクである。ADEはワクチン接種者が100万人単位で増加し、新型コロナウイルスに多数の接種者が再感染するようになって、初めてそのリスクを察知することができる。その検出の精度を高め、迅速な対応を行うためには、上記で述べたように、ワクチン接種者と接種歴を漏れなく登録し、健康状態を継続的に追跡する必要がある。もう一つの懸念を挙げるとすれば、我が国はそのシステムの準備が不充分ということだ。ひとたびADEが発症すれば、そのワクチンは二度と使うことができなくなる。そのためには、複数のワクチン開発がどうしても必要であり、それらの調達と併せて国産ワクチンの開発が重要なのである。

 橋爪良信(理化学研究所マネージャー)

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