情報収集の基本はやはり新聞

 社会心理学に「確証バイアス」という考え方がある。毎日新聞の「余録」から引くと、「自分の願望や信念を裏付ける情報ばかり選んで重視し、それに反する不都合な情報は軽視したり排除したりしがちになる」心の現象を言う(14年8月27日付)。この日の余録子は、東京電力福島第1原発の汚染水対策がさっぱり進まないのに、安倍首相は繰り返し「状況はコントロールされている」。自分の主張に反する現実に目をつぶり、不都合な情報に耳をふさいでいるかのような首相の姿勢を「確証バイアス」ではないか、というわけだ。
 こうした自分に都合のいい情報だけを集めて、反証は無視する向きは、日常生活でも体験することが少なくない。特に、ネット時代を迎え、キーワードを入力するだけで、私たちは好きな情報をいつでも検索できるようになった。便利このうえないツールには違いないが、ジャーナリスト津田大介氏でなくとも「半面、嫌いなものや価値観を受け入れず、ネットで攻撃する人も増えている」(14年9月28日付朝日新聞)。大学でも教えている津田氏は「学生が情報を仕入れるのは、大体がネットの『まとめサイト』」から」とも言っている(同年12月17日付朝日)。まとめサイトとは、「匿名掲示板の2ちゃんねるやツイッターに投稿された話題を、読み物として整理するサイト」。学生たちは「まとめサイトに書いてあることを(真義を疑わず)そのまま口にしている」。
 情報収集の基本は、事実関係をできるだけ一次情報にあたって確認することである。この点、朝日新聞が去年、韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言が虚偽だったと認めて記事を取り消し、訂正したことに対して「遅すぎる」などと批判が浴びせられた。弁解の余地がない。こうしたなか、一部週刊誌の口汚い言葉や的はずれのネット情報をうのみにした物言いも多く耳にした。朝日は8月5,6日付で「慰安婦問題どう伝えたか 読者の疑問に応えます」と大型の検証記事を掲載したが、これすらも読まずに強弁する人に何度も出くわした。
 話は違うが、日本総合研究所主席研究員、藻谷浩介氏も「『里山資本主義』を出版したら経済成長否定論者と勘違いされることが増えた。表題だけで批評するのは禁物だ」と述べている(1月23日付朝日)。
 朝日新聞の事例は論外としても、新聞が情報社会の羅針盤であることは変わらない。朝日問題をきっかけに新聞の信頼は揺らいだとの指摘もあるが、訓練されたプロの記者が書く記事は重い。事実を間違えると、それこそ読者から指弾される。
 池上彰氏と佐藤優氏が、的確に情報を収集するにはどうすればいいか、をテーマにした対談記事を興味深く読んだ(『文芸春秋2月臨時増刊号』)。池上氏は元NHK記者で、わかりやすいニュース解説でなじみ深い。佐藤氏は作家、元外務省主任分析官。月に300冊も読みこなす読書家で、著作も多い。
 佐藤氏の発言をかいつまんで紹介すると「これからの時代、中産階級は二分化されて、上層は富裕層に近づき、下層はプロレタリアートに近づくと思う。その分水嶺が『新聞を読んでいるかどうか』になってくるだろう」「日本の場合、(海外に比べて)一般紙のほとんどが高級紙だから、新聞を読んでいる=アッパーミドル以上だ。それ対してネットとスマホに頼っている人は将来のプロレタリアート予備軍。上に行きたかったら新聞を読めということ」と言い切っている。池上氏も新聞推奨論者。『池上彰の新聞勉強術』(ダイヤモンド社、)『小学生から「新聞」を読む子は大きく伸びる!』(すばる舎)などの著書もある。「新聞を8紙とっていて、さらに通勤途中2紙買って読んでいる」という池上氏は「(政治課題などについて)新聞の意見が真っ二つに分かれちゃっているから、一紙だけ読んでいると全体像が見えてこない」と言い、二紙の読み比べを勧めている。これに対し、佐藤氏は「一紙は朝日がいいと思う」とずばり。「官僚的でいやみったらしいところもあるけど、そのぶん手堅い取材をするので事実関係の間違いは少ない」とずばり。ネットについては、池上氏は「確かに便利だが、上手な付き合い方が必要。やっぱり情報収集の基本は新聞を読むことにある」。
 若いころ、笠信太郎著『ものの見方について』で記者としての心構えを学んだ。1人の人間が富士という一つの山を観察する場合、乙女峠、山中湖畔、田子の浦などさまざまな角度から眺めてみると、いろいろ違った富士の姿が目に映る。「一人の人間、したがって二つの眼が、ものを観察するのであるが、(中略)それは、六つの眼、八つの眼がものを観察しているのと、あまり変わらない。(中略)その人が、ある一つの固定した立場からものを見たり考えたりしないで、いろいろと立場をかえ、対象のまわりをめぐって、観察し、研究することになるのである」。「確証バイアス」に陥らないための要諦、と読める。
七尾 隆太(朝日新聞社社友)

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