「日航機と海保機の衝突事故」 ヒューマン・エラーをなくせ

■人間がゆえに起こすミス
 ヒューマン・エラーについてあらためて考えさせられた航空事故である。年明けの羽田空港で、日本航空の旅客機と海上保安庁の飛行機が衝突した事故だ。思い込みや勘違い、誤認、錯覚など人間がゆえに起こすミスが、ヒューマン・エラーである。航空業界ではこのヒューマン・エラーをいかになくすかが、大きな課題となっている。特に管制業務はコンピューターによる自動化、ハイテク化が進まず、管制官とパイロットにはコミュニケーション能力の向上が求められる。
 まずは今回の航空事故を簡単に振り返ってみよう。1月2日午後5時50分ごろ、東京都大田区の羽田空港(東京国際空港)で、北海道・新千歳発羽田行きの日航516便(エアバスA350-900型機、乗員乗客379人)と、海上保安庁羽田航空基地所属のMA722(ボンバルディアDHC-8-315型機、乗員6人)=MAは中型航空機Medium Airplaneの略=がC滑走路上で衝突し、両機が炎上した。海保機は能登半島地震の被災地に支援物資を運ぶ予定だったが、この事故で機長を除く5人が死亡した。日航機の乗客乗員は18分間で全員が脱出し、乗員の行動が海外メディアで絶賛された。
 運輸安全委員会が事故原因の調査に入り、警視庁も特別捜査本部を設置して業務上過失致死傷容疑を視野に捜査を進めている。

■滑走路進入許可と離陸許可
 国土交通省が1月3日に公表した管制の無線交信記録によると、事故の直前、C滑走路を担当していた管制官は海保機に対して「タクシー・トゥー・ホールデイング・ポイント・C5」と指示していた。管制官とパイロットの交信は管制用語を交えた英語で行われる。タクシーとは駐機場から滑走路までの誘導路(タクシー・ウェイ)を地上走行することで、C5がC滑走路手前の誘導路を意味する。つまり、管制官は「C5誘導路を(滑走路手前の)停止位置まで地上走行して待機して下さい」と伝えたのだ。滑走路への進入や離陸の許可は出していなかった。
 だが、しかし、海保機は誘導路上で待機せずに滑走路に進入した。40秒後、そこに日航機が着陸し、海保機の後部から衝突した。海保機の機長は大やけどを負って救急病院に運び込まれ、海保の聴取に「許可を受けて滑走路に進入した。進入許可を得たと認識していた」と説明した。
 日航機は海保機の2倍以上の大きさである。しかも大型旅客機の着陸のスピードは時速250キロというから海保機は一瞬で破壊され、燃え上がった。日航機も出火し、滑走路を逸脱して止まった。この惨劇シーンはテレビやネットで何度も流された。

■コミュニケーション不足で誤進入
 一番の問題は海保機の滑走路誤進入だ。なぜ海保機は管制の指示を誤認したのか。管制の指示は機長以下複数の乗員が聞き、運用通り復唱もしていた。復唱は安全対策の基本だ。それにもかかわらず、「滑走路手前での待機指示」を「滑走路上での待機許可」と取り違えた可能性がある。取り違えたとすれば、明らかにヒューマン・エラーである。
 2018年6月14日には、夜間の沖縄・那覇空港で航空自衛隊のスクランブル(緊急発進)の2機が滑走路誤進入を犯したことがあった。日本国内ではこれ以外にも管制の指示をパイロットが取り違えて滑走路に誤って入り、あわや大惨事という事例が何件も起きている。
 暗くなるなか海保機は早く被災地に向かわなければ…と焦っていたのだろう。管制官も呼びかけてすぐに「ナンバーワン」と海保機に離陸の順番を「1番目」と伝え、被災地支援に向かう海保機を優先的に離陸させようとしていた。こうした人間の心理が重なり合って今回の衝突事故が起きたのだと思う。
 1月9日に国土交通省が発表した緊急対策には、ナンバーワン、ナンバーツーなど離陸の順番を示す表現の中止が盛り込まれた。それだけ、ナンバーワンという言葉が誤認を生んだ可能性が高いと国交省は判断している。コミュニケーション不足が誤解を生んで事故につながった可能性が高い。いま以上に管制官とパイロットのコミュニケーションを深める必要がある。

■管制側にも落ち度
 羽田空港は国際線の就航が増えて管制官が多忙になっている。しかも衝突事故は空港が混雑する年始のUターンラッシュ時に起きた。羽田空港では1本の滑走路を複数の管制官が担当するが、同時に他の離陸機や着陸機にも対応しなければならない。しかし、滑走路に複数の航空機を進入させるような事態は決して起こしてはならない。
 管制側にも落ち度がある。滑走路への誤進入をレーダーで検知し、管制側のモニター画面で滑走路を黄色に、誤進入機を赤色に表示するシステムがあるのにもかかわらず、管制官はだれも気付いていなかった。なぜ気付かなかったのか。詳細は不明だが、忙しさからくる見過ごしや注意力の散漫などが原因だろう。これもヒューマン・エラーである。緊急対策として常時監視する担当者を置くことが決まったが、警報音が鳴るように改良すべきである。

■世界最悪の事故も人災
 ところで世界最悪の航空事故も滑走路での衝突だった。この事故は1977年3月27日にスペイン領カナリア諸島のテネリフェ島の一本の滑走路で起きた。離陸しようとしたKLMオランダ航空機とタクシング中のパンアメリカン航空機が、滑走路で正面から衝突したのである。ともにジャンボ機(B-747型機)だったから両機合わせて583人が死亡した。1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故の死者数520人を軽く超えている。
 なぜKLMオランダ航空機は離陸に踏み切ったのか。なぜパンアメリカン航空機は管制の指示した誘導路に入らなかったのか。事故の原因をめぐってスペイン当局とオランダ当局の見解は激しく対立した。表面的にはこの島特有の急な濃霧の発生で相手機が見えないという視界の悪さだったが、離陸を許可されたという思い込みや曲がり難い誘導路への進入指示など根底にあるのはパイロットと管制官のコミュニケーション不足だった。つまりヒューマン・エラーがこの事故を生んだのである。

■目指すは完全自動化
 人間が操縦に介在する割合を減らしてヒューマン・エラーをなくそうという設計思想のもとで生まれたのが、ハイテク機である。なかでも「ダッシュ400」「ハイテクジャンボ」と呼ばれたジャンボ機(B-747-400型機)は、航空機メーカーのボーイング社の手によって大型旅客機として初めてフライト・エンジニア(FE)のいない2人乗務(機長と副操縦士)を実現した。それまでのジャンボ機は3人乗務で、ダッシュ400の登場でクラッシック・ジャンボと呼ばれるようになった。
 このダッシュ400を日航が導入して就航させたのが、1990年2月だった。そのころ私は運輸省(現・国土交通省)の記者クラブ詰めの社会部記者として航空、鉄道、海運の交通関係の取材をしていたが、ダッシュ400のコックピット(操縦室)を取材して驚かされた。
 ダッシュ400はまったく新しいジャンボ機だった。いまでは当たり前だが、操縦系統をコンピューター制御によって自動化し、コックピット内のアナログの計器類はデジタル表示のアビオニクス(電子機器)に置き換えられて計器の数は減り、乗員の負担を大幅に軽減した。その結果、2人乗務が可能となった。日航はスカイクルーザー、全日空はテクノジャンボという愛称を付けて運航した。
 ハイテク技術によって安全運航が実現し、問題のヒューマン・エラーは次第に減っていった。しかし、管制業務は人間の力技に頼らざるを得ないところが多い。
 多くの航空関係者が「管制はハイテク化が遅れている」と指摘し、親しい航空専門家の1人は「以前は悪天候や機体の構造上の欠陥から航空事故が発生していたが、いまではそれらはほぼ根絶された。残るはヒューマン・エラーだ。管制業務に限らず、ヒューマン・エラーをなくすには完全自動化しかない。米空母では艦載機の離着陸、タクシング移動など大半を自動化している。今後はこうしたシステムが民間にも採用されていくだろう」と語っている。
 様々な航空事故が繰り返して起きるなかで、人間はその都度、反省し、考え、学び、同種の事故の再発防止につなげてきた。今回の羽田空港の衝突事故でも、直接の事故原因だけではなく、その根底にある問題点までをしっかりとえぐり出して安全運航に結び付けるべきである。
木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

今年の正月は1日の能登半島地震、2日の羽田衝突事故と惨事がたて続いた。新聞社やテレビ局の社会部は振り回されただろう。42年前のホテルニュージャパン火災(1982年2月8日)、羽田沖逆噴射墜落事故(同月9日)の連続の惨事を思い出す。
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