安倍政治の総決算ができない岸田政権~裏金問題の深層~

 にわかに拡大した自民党の裏金問題で注目されるのは、自民党最大派閥、清和政策研究会(安倍派)の突出ぶりである。岸田文雄首相は、安倍政治を踏襲したいとしているので、裏金問題はいまや安倍政治の検証と総決算という視点からの取り組みが必要なのではないか。                                    
 これまで政界の一部には、「この種の問題では、安倍派に対して検察はどこか甘いところがある」といわれてきた。安倍派はこの二十年近く自民党の中枢にあり、安倍首相時代の官邸は検察人事にも口をはさむことがあったといわれる。ある検察関係者は「法と証拠に基づく捜査で、こうなったのでしょうが、法務・検察の組織に何か意識変革みたいなことがあるのではないか」と言う。それはともあれ徹底解明が待たれるところだ。 
 経済の世界ではグローバリズムの浸透で、透明化が進みつつあるといわれる。一方、政治の世界ではグローバル化が遅れ、日本の政治的慣行とまで言われる裏金問題は温存されてきた。裏金問題は、政治の世界でもコンプライアンスが必要なことをはっきりさせたと言える。  
 これまで政界を激震させたリクルート事件、佐川急便事件などは、有力政治家が絡んで賄賂やヤミ献金のブラックボックスの解明が焦点だった。今回の裏金問題の主役は2万円のパーティー券である。発掘したのは政党の機関紙で、さらに政治学者の地道な努力の積み重ねで、問題の核心が明らかにされた。党員や党友、支持者への協力依頼や選挙支援、さらに議員同士の関係拡大などのために、政治資金収支報告書に載せにくい裏金が必要とされる実態が深く浸透していたのである。この表に出ないカネが選挙や政治活動に使われていたとすれば、民主主義の根幹を揺るがしかねない重大事である。               
 東京地検特捜部が、自民党の安倍派と二階派の事務所を家宅捜索した。政治資金パーティーで得た億単位の収入を、政治資金収支報告書に記載しなかった規正法違反の容疑だ。安倍派では所属する議員側に組織的に裏金を還流していた疑いがもたれている。                        
 この裏金問題は遡ると、2000年の森喜朗元同派会長(元首相)の時代に始まったとされる。その後一時、民主党政権を挟んで、清和政策研究会から首相が生まれる。そして8年9カ月にわたって経済、内政、外交など幅広い分野で、独特の影響力を発揮した安倍晋三政権のもとで、資金集めと分配は急成長し、安倍派だけでなく他派閥にもこの手法は浸透していったとされる。             
 したがって裏金問題は、「安倍政治の総決算」という視点からも検証することが必要ではないか。                                
 安倍政治を、アトランダムに取り上げて概観してみよう。2017年に森友学園への国有地売却問題に端を発する「森友問題」、同年の獣医学部新設を巡る「加計学園問題」、後援会が夕食会の費用を収支報告書に記載しなかった「 桜を見る会 」の3つは、「モリ・カケ・サクラ」問題と呼ばれ、権力の私物化の典型のように思われた。このうち「森友問題」に関連して、財務省の決裁文書の改ざん問題では、財務省の中枢部から改ざんを強要され、悩んだ一線の職員が自死している。公文書の改ざん事件は、行政に対する国民の信頼を著しく失墜させたのではないか。                          
 衆院調査局の調べによると、サクラ問題に対する国会質疑で、安倍首相の「虚偽答弁」が118回も記録された。国会審議を軽んじると野党陣営から批判された。                   
 「敵か味方か」とか「勝ち組、負け組」といレッテルを張って、「お仲間政治」を推進したのも安倍政治の特徴だった。社会福祉の分野で「自己責任」が強調されたが、助け合いや共助の精神を軽視していると指摘されている。検察庁法改正に向けて、自分に息の合う検事総長を据えようとしたともいわれる。マスメディアなどへの高ぴしゃな対応も、相互に理解し合う関係を損なったのではないか。                      
 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係は、岸信介元首相から引き継がれているとされ、その後、選挙応援などを通じて幅広い関係が作られていたことが明らかになっている。             
 一方外交分野では長期安定政権は、足跡を残したとの評価もある。ただ、北方領土問題で安倍氏は、プーチン・ロシア大統領との会談で、「固有の領土」という表現を避け「主権を有する島々」とあいまいな表現になっており、国会決議を無視していると批判が出た。ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、もとの「固有の領土」が復活している。  
 アベノミクスの目玉だった戦略特区とか岩盤規制改革は、官から民へ利益誘導の別名ではなかったのかと思われる。予算つまり税金の使い方のタガが外れたのは、この時代だといわれる。  
 長期政権のあとの政権は、政治が不安定化しがちになるといわれる。長期政権でも権力が善用されればいいが、議員におごりが身について、モラルや順法精神も低下しがちになる。裏金問題も実は長い間、政権の中枢にいてそれが身に付いてしまったのが根本原因ではないか。   
 長期政権が交代すれば新しい課題が生まれ、政策にも変化が求められる。岸田首相は、安倍政治を踏襲すると国会答弁などでも言っている。「偉大な前任者」を継承するだけで、民意の変化を理解できなければ、成功するものではないだろう。グローバリズムによって経済の世界が透明化されつつあるように、裏金問題は日本的政治慣行にコンプライアンスを急ぐことが迫られているように思われる。
栗原猛(元共同通信政治部)

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